林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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饅頭本

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『彷書月刊』の完揃いを目指しているわけではない……と書いたことがあったのだが、それを覚えておいてくださる読者の方が居られてときおりバックナンバーを頂戴する。先日も二十冊ほど頂戴した。二〇〇二年からは定期購読していたのでそこから終刊までは揃っている。そしてそれ以前(十六年間余り)も徐々に埋まってきた。創刊(一九八五年一〇月号)から四年ほどは今回通巻第十六号を頂戴してすっかり揃った。後はボチボチ拾っていけばいいと思っている。リストを眺めると一九九二年、九七年あたりが寂しいな……。

二〇〇〇年二月号「特集・饅頭本の小宇宙」には小生も寄稿している。思えばよく書かせてもらった。田村編集長から電話がかかってきて、こんな特集やりたいけど書ける? みたいな話があって「書きますよ」と答えると梗概ファクスが届く。ときには他に誰かこれについて書ける人知らない? と尋ねられたこともあった。

いつだったか、黒岩比佐子さんの名前が古本界に響き始めたころ、田村さんからの電話で黒岩さんの名前を出したら、まだそのときには田村さんは黒岩さんのことを知らなかった。ぜひぜひ書いてもらったらと推薦しておいたのである。だからおそらく二〇〇六年の早いころかもしれない。同年六月には東京古書会館で黒岩・岡崎トークが開催されており田村さんも来ていたのでそれ以前であることは間違いない。

総目次をざっと見たところ二〇〇八年二月号の菅野すが特集に巻頭インタビューの聞き手と寄稿という大役を務めておられるのが黒岩さんの誌上初登場のようだ。同年十二月号には「特集・私の先生」に「十一年前の出会い」を寄稿しておられる。そのおよそ二年後には田村さんと黒岩さんが相次いで亡くなられるとは想像だにできなかった……。

『彷書月刊』(2008年2月号、管野すが特集) 古書の森日記

饅頭本というのは何かの記念品として配られる本である。故人を追悼して作られる本あるいは遺作集などを指すことが多いようだ(一周忌に配られたりするため)。小生は「食うべき本」として『秀島正人画集』と『高見堅志郎遺稿集 風景の旅びと』附録の回文集について書いた。オチとしてフランス語で「マンジュウ・ド・リーブル」と言えば「本を食う人=本の虫」の意味になると付け足している。

久しぶりに読み返していて田村義也「「追悼本」のこと、書き文字のこと」に目がとまった。田村の父の書棚にあった内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』(岩波書店、一九三五年)の函背の文字が強く印象に残っており、それを特製本にして父の告別式で配ったという話から始まる。

《この書き文字を実際に書いた人は誰なのか? およそ戦後の岩波本の大部分の版下は、木版は五島木版(落合木版も)、金版は加藤地図に依頼することにきまっていたし、その書き文字が岩波学術書のカタチを特色づけてきたといえるだろう。これは、私たち制作経験者の、ついこの間までの本づくりのやり方だった。だが、岩波の坂口顯君に調べてもらったところでは、五島木版との取引は昭和十一年に開始されたものだから、この本は五島の書き文字ではなく、それ以前の加藤地図(大正十三年開始)か谷山木版(大正十四年開始)の文字ということになる、という。
 こういう推理は実に面白い。版下を書く職人によって文字の描き方は当然異るし、たとえ積極的に模倣しようとしても、明朝文字などは、しおおせるものではないからである。戦中戦後、書き文字の版下を書く職人や活字を彫る職人たちが競いあって、出版文化を支えていた時代があったし、今日でも私たちは、彼らの遺産を継承した文字書体と日常むきあっているのである。》

昭和になってもタイトルや見出し活字などは版木を彫っていたのである。たしかに微妙なテイストは彫り師の腕や好みに左右される部分が大きいかもしれない。江戸時代の木版本の伝統とも言えるだろう。


『彷書月刊』の初期号を何冊か頂戴した。

『七色物語』

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by sumus2013 | 2016-11-20 20:43 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by 牛津 at 2016-11-20 21:04 x
そう言えば、黒岩さんの追悼本は出ませんでしたね。遺稿集がありますからあれでいいとも思います。
スタンドにはよく行きますが、そのたびに、一人で献杯しています。共通の場所でしたね。あの帰路、
ご本人からもう長くないと聞かされましたが、まさかあんなに早いとは思いもよりませんでした。
Commented by sumus2013 at 2016-11-20 21:40
スタンド、たしかにあのときはもうあまり食がすすんでいなかったですね。でもいい思い出です。楽しかったですねえ……
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