林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ラッキーの活躍

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不二木阿古『ラッキーの活躍』(北星社、一九三四年四月二五日)。これも百万遍にて。表紙と見返しがなくなっているので安かったが、珍しい漫画本であることには間違いない。はっきり言って「のらくろ」をそっくりそのままかえるのラッキーに置き換えただけ。いかにもな大阪の赤本マンガである。

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著者の不二木阿古だが、検索してみると、これが田河水泡にも遜色のない、いやそれ以上の画家としての経歴を持つ人物だった。

《不二木 阿古(ふじき あこ、1896年(明治29年)‐1943年(昭和18年)4月23日)は明治時代から昭和時代にかけての日本画家。
北野恒富の門人。本名は藤木正夫。兵庫県の生まれ。神戸の国際港近辺で育ち、15歳か16歳ころ、まず島御風に師事した後、恒富の門下に入り、10年ほど主に恒富の創立した白耀社という画塾において活躍した。その後、堂本印象の門下になり、東丘会でも活躍した。また、大正期には大阪美術展、大阪市美術協会展などに当時の先鋭的な意識を反映した未来派のような実験的作品を出品したが、昭和に入ると端正かつ温雅な画風に変化、特に風俗画、人物画に優れていた。》(ウィキより)

《文展無鑑査、東丘会の中堅であつた不二木阿古は4月23日逝去した。享年48。本名藤木政雄、明治29年兵庫県に生れ、15、6歳の頃島御風に師事、故北野恒富門に入り10余年の後、堂本印象門に転じた。旧帝展文展に数度入選。昭和12年に「将棋親旧」を出品し特選を得、16年無鑑査となり、印象塾東丘社に重きをなした。》(『日本美術年鑑』昭和19・20・21年版、東京文化財研究所アーカイブより)

不二木阿古で画像検索すると色々な日本画家としての作品あるいは挿絵画家としての作品を見ることができる。日本画では奈良ホテルが所蔵する女性像が代表作らしい。《未来派のような実験的作品を出品した》という時代があったというのがまた田河水泡にも通じる経歴だ。『ラッキーの活躍』もそういう意味でグラフィックな面において『のらくろ』に見劣りするということはない。ただし『のらくろ』以上の斬新さや新機軸は見られない。上質な模倣に終始している。

新星社の住所は大阪市北区靭北通三丁目三三、発行者は岡田菊二郎。

岡田菊二郎 文祥堂書店

本書の巻末には新星社ととも文祥堂の広告も掲載されており、住所もまったく同じである。
キシモトモトイ『トモスケ ノ マンユー』
『漫画童謡 漫画の缶詰』挿絵=不二木阿古、漫画=大野清

大野清(きよし)は以前取り上げたことがある。大阪赤本漫画界の巨匠。松屋町に住み、手塚治虫をはじめ多くの漫画家がそこに出入りしていたようだ。

ブチ公のホームラン

新星社の名義では「カナオトギ文庫」カタカナ五篇、ひらかな五篇。その他の童話(極彩色漫画付き)六篇、そして樋口紅陽『偉人童話』。『童話』1年生から6年生まで六篇。畑米吉著、不二木阿古画の『一年生の童話』から『六年生の童話』まで六篇。樋口紅陽『童話劇と対話第一篇』、葉多黙太郎『童話劇と対話第二篇』。

樋口紅陽は《明治22(1889)年12月4日~昭和25(1950)年9月28日 大正・昭和期の口演童話家、児童文学作家》で葉多黙太郎はこういう人。

《昭和4年五月から土師清二さんの弟子の葉多黙太郎が、『神戸新聞』に『平安異香』という連載小説を書きました。その挿絵を描いたのがいちばん最初の仕事なんです。でも葉多黙太郎には悪いですが、やはり直木三十五の方が、有名ですから、『本朝野士縁起』でデビューしたということにしていたわけです。》(『挿絵画家・中一弥』、大貫伸樹氏のブログより)

なんとも大阪の出版界には数多くの未知の人材が眠っていることを思い知ったのだが、とにかくラッキーな一冊だった。

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by sumus2013 | 2016-10-31 21:27 | 古書日録 | Comments(0)
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