林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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荷風研究

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『荷風研究』(荷風先生を偲ぶ会)の七十二号(一九七八年三月十五日)〜一〇六号(一九八九年一二月二五日)までバラで二十四冊ほど頂戴した。ほとんどが四頁(A4二つ折)で、短い記事が二篇くらいの体裁だが、第一〇一号だけは「百号達成記念号」として二十頁もあり、岡野他家夫、磯田光一、新藤兼人、岡本文弥、山田朝一(山田書店主)ら寄稿の充実した内容である。

古書に関す話題として岡野他家夫「荷風本の思い出」から少し引用しておく。

《私は、昭和初期の六年間、姉崎嘲風先生の知遇を得て、東大司書に在職した。震災で百万巻蔵書が灰燼に帰した後の、復興時代の図書館に、荷風本などは無かったので、古書肆や、古書即売展を欠かさず廻って、入手を心掛けたものの、荷風本、夢二本の市場価額は、貧書生の私には容易に手の出せない高値だった。》

昭和五、六年頃、北沢書店の店員・新妻誠が蒐集家某氏のコレクションを一括で買って欲しいとやって来た。主人は一括三百円と言っているが、少し値引きするという。

《当時月給百円の私には大枚の金額だが、「文明」「花月」も揃っていたので、家兄から借りて買い取った。
 ところが、二、三カ月経った頃、突然に、名も知らぬ、一面識もない、折居忠八という人が来訪、あなた所蔵の荷風本の、『野心』ほか数冊を是非共譲ってくれとの申出で。勿論私は体よく断ったが、その後、月に二・三度、必ず手土産持参で来訪、私の家内や子供たちにまで愛想よく振舞って、あの本だけは是非ともと、懇願否哀これつとめて、小半日も居座って帰らない。私は、ついに根負けして、何冊かの稀覯本を割愛せざるを得なかった。

コレクターおそるべし。また山田珠樹も荷風本の愛蔵家だったという。そこに妙な本があった。

《私は度々山田家へ行き、自分の有たない荷風本を自由に書架から取り出して、ゆっくりと読むなどした。山田さんの愛蔵した荷風本の中に、四六判、四〇頁、紙装仮綴の一本、荷風著の『祝盃』を私は見つけた。これは題名の作一篇だけの内容の本であったが、譲り受けた折居旧蔵書中にも見ない本。私は玄誠堂主人芥川氏、そのほか知合いの古書肆の誰彼に、幾度か聞き質したが、そういう本は見たことも、聞いたこともない、との異口同音しか聴けずにしまった。

この『祝盃』がどんなものなのか気になるのだが《この事について、私の憶測することがあるが、紙幅が尽きたので省略》とは……残念。


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by sumus2013 | 2016-10-22 18:11 | 古書日録 | Comments(0)
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