林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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習文録

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皆川淇園・編次『習文録』(藤井孫兵衛、一八七六年五月一八日版権免許)バラで四冊。国会図書館で見ると藤井孫兵衛からは一〜四篇それぞれ上下があっての八冊、加えて甲乙判というものが上下二冊刊行されているようだ。読書や作文を学ぶために役立つ文章を集めて並べたアンソロジーである。皆川淇園はこのような人。

[1734~1807]江戸中期の儒学者。京都の人。名は愿(げん)。字(あざな)は伯恭。漢字の字義と易学を研究し、開物学を提唱。また、漢詩文・書画をよくした。晩年、私塾弘道館をおこした。著「名疇」「易学開物」「易原」など。》(デジタル大辞泉

1735*-1807 江戸時代中期-後期の儒者。
享保(きょうほう)19年12月8日生まれ。「易経」をもとに字義,音声,文脈の関連を研究する「開物(かいぶつ)学」を独創し,門人に教授。晩年に私学弘道館をひらく。詩文,書画にもすぐれた。弟に富士谷成章(なりあきら)。子に皆川篁斎(こうさい)。文化4年5月16日死去。74歳。京都出身。名は愿(げん)。字(あざな)は伯恭。通称は文蔵。別号に有斐斎など。著作に「名疇(めいちゅう)」「淇園詩話」など。》(デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

淇園の生年だが、享保十九年十二月八日はグレゴリオ暦では一七三五年一月一日、ユリウス暦では一七三四年一二月二一日となるため見解の相違が生じているようだ。グレゴリオ暦は一年を365.2425日としユリウス暦は365.25日とするので現在では狂いの少ないグレゴリオ暦が太陽暦として用いられている。厳密に言えば一七三五年が正しい生年ということになろうか。

初篇下の巻頭に「習文録題言」として葛西欽が本書の由来を書き付けている。

《安永甲午ノ秋、欽再タヒ京師ニ来候淇園先生ノ塾ニ寓スルニ塾課ニ近コロマタ射復文ト云フモノヲ作ス、其事甚タ文ヲ習フニ便ナルヲ以テ、諸生競テコレヲ為ス、其法、漢人ノ記事百言上下ノ文ヲトリテ、コレヲ読ミテ、其読声ヲ片仮名ヲ用テ写シテ数紙トシテ、人々ニコレヲ与テ、コレニ依リテ其原文ノ字ヲ射復セシム、射復略就リテ、原文ノ字数ニ合セテ、字ヲ増減シ、増減定マリテ後、原文ニ此按シテ、其文字ノ中否ヲ校シ、中ル事多キヲ上第トシ、失スル事多キヲ下第トス

安永甲午は安永三年(一七七四)。序文の記年も同じ安永三年である。読み上げられた漢文を聞いただけで筆記する勉強法……ディクテすなわちディクテーションが淇園塾では採用されていた。その例題を集めたものを「習文録」と名づけたようである。

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皆川淇園と言えば、これも真贋については不明というか、疑わしい「葡萄図」一軸を所蔵する。署名は

 倣瑪瑙寺温日観
 筆意
  皆川節斎写 [皆川印][伯恭]

瑪瑙寺温日観は南宋から元初に活動した僧侶・画家で水墨で葡萄を描くことを得意としたそうだ。温日観の筆致を真似たという意味である。大徳寺に伝日観の葡萄図が伝わっている。

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伝日観子筆「葡萄図」二幅(明時代、大徳寺蔵)


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by sumus2013 | 2016-10-18 21:25 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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