林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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どろの流れ

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『VIKING』第七八九号(VIKING CLUB、二〇一六年九月一五日、表紙=富士伸子)、中尾務さんより頂戴した。中尾氏の「「どろの流れ」、『文学界』に載らず 富士正晴調査余滴」が掲載されている。一九六五年七月、富士は小説「どろの流れ」を『文学界』編集部へ送付した。それは《読みづらいけれど、おもしろいので読みさすわけにはいかないこまった作品》と中尾氏の評する、対話が作品の大半を占めておりながら発話者が明記されていない、さらに会話を示す「 」も略されているという(まるで源氏物語のような)作品らしい。

この原稿はいつまでたっても『文学界』には掲載されなかった。しびれを切らした富士が返却を求めてようやく原稿が戻って来たのが一九六七年五月。富士はそれを原稿を頼まれていた岩波書店の『世界』へ回す。しかし、それもなかなか掲載されず、なんとか一九六八年二月号に載った。

どうして『文学界』に掲載されなかったのか? それは中尾氏の追求をお読みいただきたいが、中尾氏は「どろの流れ」初出の半年前に発表された藤枝静雄「空気頭」が絶賛されたことと対比させて富士作品が店ざらしにされたことの不運を見つつ次のように書いておられる。

《〈型ヤブリ〉と脱稿直後に記した富士正晴。〈変な小説〉と評した大洞正典。このふたりが、「どろの流れ」の新しさを意識していたかどうかは分らないが、ふたりの評価は、作品の新しさにつながるものではある。》

《読みづらさか。新しさか。
 依頼原稿「どろの流れ」が長いあいだ雑誌に載らなかった理由をあれこれさぐるも、結局のところ分らない。

「どろの流れ」というタイトル、主格を明示しない手法を考えると、ひょっとしてジョイスらの「意識の流れ Stream of consciousness」と関係あるのか……も? 読んでみないと分らない。 

***


内田魯庵『蠹魚之自傳』には丸善が焼けた話が二篇納められている。一は「丸善炎上の記」(明治四十一年十二月の火災についての記)で、もうひとつは関東大震災による焼亡を記した「丸善再度の典籍禍」である。後者にはこうある。

《私が丸善の焦土の前に立つたのは災後二週目であつた。飴のやうに曲つた鉄骨が焼け崩れた煉瓦や石材の山の上に覆ひ被さつた光景は重なり合つた巨獣の残骸を見るやうな感があつた。三日三晩此の焼け爛れた鐵や石の大きな火の塊まりから新古典籍の青い焔や赤い炎をチロチロと吐いてゐた悲愴の惨状は想像するに余りがあらう。》

河野通勢「丸善跡」

「丸善再度の典籍禍」は失われた書物についての記述がほとんどなのだが「丸善炎上の記」の方はいきいきとした火事場の描写が主になっていて魯庵の筆力をうかがわせるに足る作品。なにしろ火事の翌日駆けつけた、その日に書いたのだそうだ。

《呉服橋で電車を降りて店の近くへ来ると、ポンプの水が幾筋も流れてる中に、ホースが蛇のやうに蜒[のた]くつてゐた。其の水溜の中に呑気な顔をした見物人が山のやうに集[たか]つてゐた。處がらとて伊達巻の寝巻姿にハデなお召の羽織を引掛けた寝白粉[ねおしろい]の處斑[ところまば]らな夫者[それしや]らしい女がベチヤクチヤ喋つてゐた。煤だらけな顔をした耄碌頭巾の好い若い衆が気が抜けたやうに茫然[ぼんやり]立つてゐた。刺子姿の消火夫[しごとし]が忙しさうに雑沓を縫つて往つたり来たりしてゐた。》

《マダ工事中の建築の角を廻つて、半出来の事務所の一隅に仮に設けた受付へ行くと、狭い入口が見舞人で一杯になつてゐた。盆の上には名刺が堆かく山をなしてゐた。ソワソワする店員と眼や頤で会釈しつゝ奥へ行くと、思ひ思ひに火鉢を央[なか]に陣取つてる群が其處にも此處にも環を作つてゐたが、火鉢は何處からか借りて来たらしく看馴れないものばかりだつた。小汚ない古椅子が五六脚あるきりで、思ひ思ひに麦酒の箱や普請小屋の踏台に腰掛けてゐたが、誰の顔を見ても殺気立つて、一人も沈着いてゐなかつた。中には始終腰を浮かして立つたり座つたりしてゐるものもあつた。誰も皆ワサワサしてゐた。誰も皆ガチガチしてゐた。誰も皆付け元気でハシヤイデゐたが誰も皆沈鬱な淋しい顔をしてゐた。

白い髯で通る社長老人は眼鏡越しに眼をパチパチさせながら恰も一里も先に火事があったかのように悠々としていたそうだ。

《濛々と白い煙の立罩めた中に柱や棟木が重なつて倒れ、真黒或は半焦げになつた材木の下に積み重なつたまゝの書籍が黒焦げとなつてゐて、風に煽られる度に焼け残りの頁をヒラヒラと飛ばしてゐた。其處此處の焼灰の中からはマダ折々余燼がチラチラと焔を上げて、彼方此方に眼を配る消火夫が水を掛けると忽ちチウチウと音がして白い煙を渦立たして噴き出した。満目唯惨憺として猛火[みやうくわ]の暴虐を語つてゐた。

……。

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by sumus2013 | 2016-09-10 20:11 | 古書日録 | Comments(0)
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