林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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文化的損失

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『シグナレス』第二十二号(蒼幻舎、二〇一六年七月三一日、表紙・デザイン=irori)。表紙とも十六頁でカルチャー批評の詰まったなかなかに濃い内容。西田宣善「映画製作者としての新たな歩み(2)」を面白く読む。文章量は本誌最長の一頁なのだが、このエッセイなどまだまだエピソードがありそうで、もっと読みたいと思わせる。せめて三頁くらいあれば……読者の勝手な欲望なのだが。

SIGNALESS

***


内田魯庵『蠹魚之自傳』より「永遠に償はれない文化的損失」。関東大震災の文化的な損害について。図書関係の部分から引いてみる。

《帝大図書館の滅亡は今度の震災の最大禍であつた。若干冊は焼け残つたといふが、特に貴重書を択んで搬出したわけでなく、各々手近のものを手あたりまかせに持出したので、その中には水濡れもあり破損もあり零冊もあり、焼け残つたと云つても実は焼けたも同様で、七十何万冊の殆んど全部が皆滅亡したのだ。》

なかでも特に魯庵が惜しむのは切支丹関係である。

《耶蘇会版の破天連の通信といふは此の日本の文化史の秘密を解く根本資料であつて、帝大図書館は三十年来苦辛して之を蒐集した。此の通信は總計何百冊あるか目録の徴すべきものがないからハツキリ解らないが、帝大図書館の蒐集は恐らく百冊を越えてゐたらう。其中には僅か数ページで時価数百金に値ひするものもあり、数百金を賭するも今後再び得る事の出来ないものもある。京大図書館にもサトーの集めた著名なコレクションがあるし、東洋文庫其他個人の数冊乃至数十冊を所有するものもあるが、帝大の多年の精苦を尽した大蒐集が一炬に焼かれて了つたのは日本に於ける耶蘇会版の最も貴重な一半を失つたわけである。

他にはマックス・ミュラー文庫のアジア関係書、館長和田萬吉(在任1897-1924)の徳川時代の小説など雑籍のコレクションもふたたび償うことのできないものだという。

被服廠(避難民三万八千人が犠牲になった場所)に隣接した安田邸にあった松廼舎文庫(安田善次郎による能や劇に関する稀覯書、自筆本などのコレクション)も失われてしまった。

《善次郎氏は十六七歳のころから蒐書に興味を持つてゐた。其頃薬研掘に京常といふ珍本屋があつて、青年善次郎氏は自邸に近かつたので此の京常に早くから出入してゐた。京常は小さな店だつたが、親仁が捻つた物が好きで折々案外な掘出し物があつたので、珍本好きが能く出入したもんだ。だが、余り目が利く方でなくてイツの間にか店を閉ぢて了つたから、京常の名を知るものは今では同じ珍本屋仲間でも浅倉屋か文行堂ぐらゐなもの、蒐書家では淡嶋寒月以外一人も無からう。善次郎氏が此の京常の顧客であつたといふは以てその古本道楽の昨日や今日の駈け出しでないのを知るべく、随つて三十年来の善次郎氏の文庫が選択[ゑりすぐ]つた珍本稀籍の大蒐集である事が誰にも容易に想像されやう。

善次郎はさらに短冊の蒐集にも力を入れていたという。

《此の方面に志ざしてマダ数年にしかならないが、富力の向ふところ百川大海に注ぐが如く、著名なる彌富氏の大蒐集を初め多くの好事家が苦辛した蒐集は大抵皆松廼舎文庫に収められた。

それらがすべて烏有に帰した。何であれ、あまりにひとところに集中するというのは危険なようである。


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by sumus2013 | 2016-09-09 17:40 | 古書日録 | Comments(0)
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