林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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茶館「露兄」

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石原輝雄『マン・レイへの写真日記』(銀紙書房、二〇一六年八月二七日、限定二十五部)。前著からほぼ二年、石原氏のマン・レイとの関わりをコレクションとともに開陳した写真入り回顧録と言っていいだろう。ギャラリーときの忘れものブログを元にしつつ書き下ろしを加えたとのこと。詳しくは下記。ただし、ほぼ即日完売……さすが。

『マン・レイへの写真日記』刊行のお知らせ

小生は石原氏の存在を知ったのが一九八三年。この本にも書かれているが、京都三条高瀬川のビルにあったRギャラリーで氏の「マン・レイ展」を見たときだった。すごいコレクターがいると驚いてしまった。その印象が強くあって『sumus』第二号(二〇〇〇年一月)にインタビュー記事を掲載させてもらうことになったのである。久しぶりに読み返してみたが、我ながらよくまとまっている。他にも一九七五年のシュルレアリスム展、トアロード画廊(小生はこの画廊で個展をさせてもらっている!)、児玉画廊、アトリエ・チサト……などが本書には登場して、小生自身の歩みを振り返る場面も多かった。

マン・レイと京都の人たち 三條白川橋上る

光の時代展カタログ


***


『陶庵夢憶』より「露兄」。喫茶店の話である。

《崇禎六年[1633]、好事家が茶館を開いた。泉は正真正銘の玉帯泉[ぎょくたいせん]、茶は正真正銘の蘭雪茶、湯はいま煮たばかりのもので古い湯は使わぬ。器はその都度洗って、よごれた器は使わぬ。その火加減、湯加減も時に天の引き合わせかと思われるものがある。わたしはこれを喜んで、その茶館に「露兄」という名をつけてやった。米顛(米芾)の「茶甘く露に兄あり」の句から取ったのである。》

張岱はさらに『闘茶の檄』を作った。要するに広告文である。

《水淫と茶癖は、今日なお古風が残っていますし、瑞章と雪芽は、昔から越絶(越の特産)と称せられています。》

瑞章[ずいそう]と雪芽は茶の名。雪芽茶を張岱は蘭雪茶と名付けた。

闘茶には蘭雪茶を使います。瓜の種、炒豆には、何も瑞章橋辺のものでなければということもありますまいが、蜜柑、柚、査梨[さり、ヒメリンゴ?]は、仲山圃の中で出来たものであります。

お茶に合わせるスィーツは果物であった。仲山圃は不詳。

《『七碗は飲みきれぬ』といった廬〓[どう、やね+工]は、茶の味を解する人とは申せません。いでや茶壺を囲み払子を揮いつつ、思うさま清談を楽しみ、半榻[はんとう]に香を焚いて共々におちゃけ[四字傍点]酔払おうではありませんか》

廬〓は唐の詩人。「筆を走らせて孟諌議が新茶を寄せらるるを謝す」という詩に「七碗にして喫し得ず」とあることを指している。おちゃけに酔うの原文は「白酔」だとのこと。

茶と酒は対立して論じられることが常であった。青木正児『抱樽酒話』(アテネ文庫、一九四八年)に納められている「酒茶論」によれば、もともと茶は酒の敵ではなかったが、茶は南方の飲料として晋代頃からようやく流行し始め、唐の中頃に陸羽『茶経』が著されたあたりから盛況を呈して来た。

《製法も進んで精品を出すやうになつた。かうした趨勢で茶の飲料としての品位が次第に高まり、遂に増長して「酒」と勲功を争う「茶酒論」の如きものが戯作さるゝに至つたわけであらう。我が蘭叔の「酒茶論」の出現も、室町時代茶の湯の勃興した世相の反映たるに外ならぬ。結局此の論戦は和漢共に新興勢力の旧勢力に対する抗争と見なすべきである。》

おそらく張岱グループの茶館というのも、あるいはそんなヌーヴェル・ヴァーグの文化的アイコンだった、のかもしれない。松山省三のカフェー・プランタンも同様な現象だったと思われる。


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by sumus2013 | 2016-08-21 17:31 | 喫茶店の時代 | Comments(2)
Commented by 大島なえ at 2016-08-21 22:16 x
先日にモトコ―の古書店で無造作に置かれてあった山を見て、
びっくり!「SUMUS」の山だったんです。そこで二号と
創刊号EXと他のを店主から強引に売らせて買いました。
それからまだ行ってません(笑)値は内緒です。
今、二号の石原氏のページを読みましたが、いやはやコレクター魂の
ひとことです。それにしてもあらためて読むと本当に良い
雑誌ですね。
Commented by sumus2013 at 2016-08-22 09:38
えーっ、そうですか。見つけたら買いたいです(笑)
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