林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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韻山

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尾崎正浩『猫目堂日記(仮)』(入谷コピー文庫、二〇一六年八月三一日、表紙イラスト=山川直人、通巻69号/限定15部)。入谷コピー文庫の最新刊である。著者は《高知市内のあたご商店街の一角にある古本店主、無名の方であるが、その文章がとてもユニークで洒脱で思わずクスクスと笑える人だ。》とは発行者の堀内氏の編集後記。たしかにその通りだ。

これまでに紹介した入谷コピー文庫



***

『陶庵夢憶』より「韻山」。

《祖父は年をとってからも、決して書物を手から放さなかった。書斎に書画や瓶子[へいし]、骨董などを飾ることも好きだったが、あの書物この書物のページをめくったり、書物の山の中から書物をさがしたりするため、数日もたたぬうちに巻帙は逆さまになるは、順序はめちゃくちゃになるはで、硯の表面は埃がうず高く積もってしまう。祖父はいつもそうした中で埃まみれの硯に墨をすり、紙と筆に頭と眼を突込むようにして、さっさっと書生流に蠅の頭ほどの細字を書きなぐるのだった。日が暮れて暗くなりかかると、書物を手に持ったまま簾の外に出て、外の光に近づけて読む。燭台が高くて、灯の光が紙に届かないと、机に倚りかかったまま、書物を灯火に近づけて、光と共にうつ伏せになる。いつも真夜中までそのようにして、疲れを知らぬのであった。》

祖父はうんと大きな辞書を作ろうと考えた。広く群書をあさり「大山」「小山」「他山」「残山」といった辞書を編んでその総名を「韻山」と名付けた。ぼろぼろの原稿を煉瓦ほどの厚さに綴じたものが三百冊もあった。

ところが、たまたま知人が宮中の秘書閣から借出してきた『永楽大典』のごく一部を見る機会があった。祖父はショックを受けた。「書嚢[しょのう]は無尽蔵だ。精衛[*]が石を銜[くわ]えて海を填[うず]めようとしたのと同様、何の足しにもならないのだな!」と嘆息して筆を擱[お]いた。

[*]精衛は古代神話に出て来る鳥に変身した娘。両親の元に帰るため石をくわえてきては海に落として海を埋めてしまおうとしたという。

陶庵は祖父の事業についてクールな見方をしている。

《かりにこの書物をさらに三十年書きつづけたとしても、完成させることは出来なかったであろう。たとえ完成していたとしても、板刻する力はなかったろうし、山のような筆塚を残すばかりで、せいぜい甕の蓋にするくらいが関の山であったろう。》

しかし

《わたしは深くこれを惜しんで、丙戊[へいじゅつ]の年(明亡後三年目)の兵乱の際、これを車に積んで九里山に運び、蔵経閣に蔵して後人を待つことにしたのである。》

人間の営みとは何事によらずおおよそこういうものであろうか。

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by sumus2013 | 2016-08-19 21:01 | 古書日録 | Comments(0)
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