林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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三代の蔵書

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『APIED』VOL.27(アピエ社、二〇一六年七月二五日)。小説と映画、特集。小説と映画ならいくらでも書くことがあるような気がする。自分ならどの映画について書くか……すぐに思い浮かんだのはタルコフスキーの映画「ストーカー」の原作、ストルガツキー兄弟『ストーカー(路傍のピクニック)』(深見弾訳、ハヤカワ文庫、一九八三年)を読んだときの不思議な感覚。映画を見ていたので、どっかの均一で買ってしまったのだが、あまり深い印象はない。どうしてこの小説からあの映画が作れるのか、それが不思議だった。

善行堂通信(9)は「「湯川書房」湯川成一(一九三七〜二〇〇八)」。湯川さんとの出会いや『sumus』インタビューにまつわるあれこれ。京都時代の湯川書房みたいな都会のアジール、あったらいいなあ、とつくづく思う。

***

『陶庵夢憶』より、まずは「三代の蔵書」。

《わたしの家には三代にわたって積まれた蔵書が三万余巻あった。祖父(張汝霖)はわたしにいった。
 「数ある孫のなかで、おまえだけが書物好きだ。おまえが見たいと思う書物は、勝手に持ってゆくがよい」
 それでわたしは、太僕公(張天復)と文恭公(元汴)および祖父の書入れがあって手沢の存しているのを選び集めて、これだけくださいとお願いすると、祖父は喜んで、舁[かつ]いでゆくように命ぜられた。それが約二千余巻あった。
 天啓五年、祖父が世を去ったとき、わたしはちょうど杭州に行っていた。父叔および諸弟・門客・職人・下男・下女の連中が勝手に分け取りしてしまって、三代の遺書は一日にしてことごとく失われた。
 わたしは垂髪の子供の時から書物を集めること四十年、三万巻を下らなかった。

しかしこの三万巻も明が亡んだ後の乙酉の年(一六六九)、張岱が兵乱を避けて会稽山中に逃亡した後、ことごとく兵士たちに雑紙としてバラバラにされてしまった、と述べておいて陶庵は蔵書に富んだ隨・唐の書庫へと話を転じる。

《隨の嘉則殿では書籍を三類にわかち、紅流璃・紺流璃・漆の軸で見分けがつけられるようになっており、殿には錦の幔幕を垂らし、ぐるりに飛仙を彫刻してあった。帝が書庫におでましになって、隠されたバネ仕掛けをお踏みになると、飛仙が幕をかかげ、本箱の扉が自然に開く。帝が出て行かれると、またもとのとおりに閉じる仕掛けになっていたそうだ。隨の書庫はおよそ三十七万巻であった。

《唐王朝の書籍はおよそ二十万八千巻であった。
 わが明朝の宮中の秘籍は、それこそ数えることが出来ないくらいで、『永楽大典』の一書だけでも、いくつかの書庫にうづ高く積み上げられている。わたしの蔵書などはそれに比べればたかが九牛の一毛にすぎず、物の数でもないのである。》

脚註によれば『永楽大典』(永楽帝の勅撰による大百科事典、一四〇八年成立)は編集者2100余人が六年の歳月をかけて完成させたもので、およそ二万二千巻一万二千冊あったという。それでも現存はわずかに二百冊あまりとか……(ウィキによれば22877巻・目録60巻・11095冊からなり、世界各地に残された零本を集めると四百冊前後。日本では東洋文庫に三十四冊所蔵されている)。


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by sumus2013 | 2016-08-18 21:13 | 古書日録 | Comments(0)
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