林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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針の穴から

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牧野虎次『針の穴から』(牧野虎次先生米寿記念会、一九五八年一一月三〇日)。牧野は同志社英学校出身でエール大学神学部を卒業。巻末年譜を見ると、じつにさまざまな仕事をこなしているが、軍国主義下の昭和十三年から同志社に戻り、十六年から総長に就任、二十二年まで務めた。本書はその回顧録である。

いろいろ興味深いことが書かれているが、本日のヴィデオ・レターに関係する記事があるのでそこだけ引用しておこう。大正十年、牧野が内務省に勤務していたときのこと、床次内相から皇太子(すなわち昭和天皇)の渡英に関して、向うで何を学べばいいかという質問を受けた。それに対してこう答えたという。

《恐れながら他日、皇位をつがれる殿下で在らせられるから、外の者では到底、成し遂げることの能[でき]ないことを、特に殿下に願い度い。夫は英皇室が現に御取扱いになりつつある対民衆福祉事業の在り方である。》

《英皇室の対民衆福祉事業には独特の長所があると称せられるが、その長所をスッカリ御体得の同皇太后と、朝夕起居を倶になさるるわが皇太子であるから、私がひそかに念願することは、直々に慈善事業[チャリチー・ワーク](英国では今にこの用語を使ってある)に対する御心懸の程を伺って貰い度い。》

《実はこの点に就き我皇室と英皇室とは取扱い振りが全然違ってある。此方では念に念を入れて、公平を主とすると共に、洩れたり、間違ったりしてはならぬと、慎重を期するが故に往々にして間が抜けることになる。彼方では適切と迅速とを尚び、不慮の災害には即坐に飛んで行き、応急の所置を講ぜらると云う次第だ。曽てロンドン市内に大火が起り、消防夫が殉職したことがあった。余燼なお消えない内に、皇室から御名代が市長公館を見舞われ、殉職者の未亡人を御呼び出しになり、慰めの言葉と共に顧みて市長に対し、適当な年金[ペンシヨン]を給与する様に仰せ出された。温かい情味溢れた取扱いがどれ程、全国民を感動せしめたか図られないのである。我皇太子殿下が斯かる方面に見聞を御広め遊ばされることを御願い申上げたいのである。》

この建言は採用された。あわてて書類を作成し英国大使館へ送付した。英王室にそのような配慮を求めるためであった。

《以上は大正時代の晩年の出来事だ。昭和時代となってから我宮内庁の御取扱いは非常にかわった。草〓[新字源6877]の微臣、平素の念願が雲上にまで直通する様になったことを、私は心ひそかに感謝に溢れて居る。果たせるかな我が茅屋の軒先から仰げば、天上の月はすぐそこに懸かってあるでないか。然り、針の穴からでも天を仰ぐことができるのだ。》

牧野虎次の建言が今にいたる皇室チャリティーワークのスタート地点だったようである。

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by sumus2013 | 2016-08-08 19:49 | 古書日録 | Comments(0)
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