林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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木靴 17

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『木靴』17号(木靴の会、一九六五年四月一日)石井立特集号を頂戴した。これは嬉しい!

《偶々、本日の高円寺展覧会で入手しました。何かの巡りあわせでしょう(けっこうよくある? 巡りあわせですが)。》

というメモが挟んであったが、たしかに本は本を呼ぶ。

「できるかぎりよき本 石井立の仕事と戦後の文学」

石井立のポートレートが掲載されていたのが特に嬉しい。やはり風貌は人ナリ。

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石井立の追悼号を今度木靴で出すことについて何人かの作家の方にも執筆をお願いしてみた。井伏鱒二さんにもお願いしてみて、心よい御返事をいただいたが、戴いた御返事のなかに「石井君は、うちに来ても、口はほとんど利かず、ニコ[繰返し記号]しているばかりだから」と、いうのがあった。僕はそんな返事を読んで、石井さんのニコ[繰返し記号]顔がそのまま泛ぶ気持がしたが、六人ばかりで小山さんのお宅に集り記念写真を撮った時がちょうどそうであったのだ。写真器は石井さんが持ってこられて、表の路次の柴垣を背景にして、シャッターは小山さんの奥さんにお願いした。その頃はまだ小山さんが、吉祥寺におられた頃で、奥さんも生きておられた。陽のあるうちに撮ろうというので、僕達はドヤ[繰返し記号]と階下に下りて表へ出たが、シャッターを押すだけなのを、奥さんはなんだかビク[繰返し記号]なさったものだった。写真の話はそれだけであるが、みんなで写真を撮すというのに、石井さんはどういうわけか子供みたいに無邪気なお顔でニコ[繰返し記号]しておられたのである。出来上がったその時の写真は、一枚づつ、僕等もあとで頂戴したが、シャッターをお切りになった小山さんの奥さんと、それに今度は石井さんとお二人までも、もう亡くなられてしまったことは、なんとも無念なことである。》(古賀信夫「石井さんと木靴」)

残念ながら本誌に井伏鱒二の文章は収められていない。そしてまた

《三月六日、小山さんも石井さんの後を追うようになくなられた。遂にこの追悼号に小山さんの文章を見ることは出来なかった。》(編集後記)

ということである。


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さらに文学以外の一面も「回想」のいくつかには見ることができる。

《彼は、反動的な政治権力に対して言論の自由を守るべく、一九五二年、破防法案の国会提出や血のメーデーを機に、編集者の連帯を呼びかけました。水曜会は、彼自身発起し、中心的メンバーとして活躍した、その会でした。》(無記名「故人の生涯」)

《ちょうど、そのころ、わたくしたち筑摩書房に労働組合が生れました。あなたは、その創立準備委員会の委員長として、組合設立の全責任をおって立たれました。
 編集者の自律、出版労働者の自立、自らの力を自らのものに闘いとること、そのためにあなたは闘ってこられました。これが、もう一つの、あなたの闘いでした。》(吉倉伸「回想」)

今もまた石井立のような編集者が求められる時期なのではないか?

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by sumus2013 | 2016-06-18 21:39 | 古書日録 | Comments(0)
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