林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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黄昏の調べ

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大久保賢『黄昏の調べ 現代音楽の行方』(春秋社、二〇一六年五月二〇日)読了。音楽ネタがつづくが、ある方より「すごく面白かったので読んでみてください」と言われた一冊。西欧クラシック音楽の流れの中に生じたいわゆる「現代音楽」という竜巻のような現象をその発生から衰退にいたるまで、そして今日的在り方を説いた内容である。とくに現代音楽の発生と定義についてはたいへん参考になった。

歴史書というよりもエッセイのおもむきが強く、文体にも主張にも曖昧さがなくて分りやすい読み物に仕上がっていると思う(楽譜の分析だけはちょっと素人には……)。さまざまな作品と社会との関係、近代以降のオリジナリティ信仰についてなどはほぼそのまま美術の世界に通じるもので、著者が抱くにいたった論理もよく理解できる。作曲家と演奏者の関係を論じた部分も注目である。そのような著書の結論だけを部分的に引用するのもどうかとは思うのだが、著者の主張のかなめは以下のようなことである。

《クラシック音楽は人間が長い時間をかけて築き上げてきた文化財であり、そこにはさまざまな智恵や経験が刻印されている(中には悪知恵や悪しき経験も少なからず含まれてはいるが……)。そして、あるものをなくしてしまうのは簡単だが、再び作り出すのはまことに難しい。それゆえ、まだそれがたとえ少しでも「使える」状態にあり、そこから何らかの積極的な可能性があるのならば、利用しない手はなかろう。》

《肝心なのは異なる世界観・価値観を宿したもの(物・者)がお互いに排斥しあわずに(必要があれば何らかの交渉を持ちつつ、また、その必要がなければ少なくとも他者の存在を認めつつ)並存しうることであり、その中で人がそれぞれに己に合った生き方を選び取れて、充実させられる可能性が開かれていることだ。そして、クラシック音楽(現代音楽)もまた、そうした可能性を開く場となりうるはずだ。》

日本国憲法前文のようなまっとうな意見である。そしてその思想に基づきつつ「現代音楽」についてこう提言する。

《それが使われる以前に顧みられないようなものを作曲家はつくるべきではない、ということだ。》

《つまり、たとえ何かしら「真理」が刻印されていたとしても受け手のことをほとんど顧みないような音楽を書き、やがて現れるはずの真の理解者とやらに向けた「瓶入の手紙」(20)などにするのではなく、眼前の人たちに向けてボールを投げかけ、その結果に向き合うことが大切なのだ、と。そして、その探究の中でかつての「ほとんど誰も聴かない現代音楽」は、本当の意味で時代を共にする人々にふさわしい「現代の音楽」へと姿を変えていくに違いない。》

(20)はテーオドール・W・アドルノ『新音楽の哲学』に出ている言葉だそうだ。本書に通底する実利を重視する考え方はプラグマティズムと言っていいのだろう。小生自身は「瓶入の手紙」を書いたり探したりするのが嬉しいタイプなのだが、著者の主張ももっともだ、とも思う。売れる絵も描かなければならないということである。

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by sumus2013 | 2016-06-13 21:05 | おととこゑ | Comments(0)
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