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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


三月の水

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ジョアン・ジルベルト「三月の水」(POLIDOR K.K., 1998)をヨゾラ舎にて。どうしてこんなCDを買ったかというと、少し前に『コモ・レ・バ?』Vol.27(CONEX ECO-Friends、二〇一六年四月一日)の特集「岩谷時子の作法」を興味深く読んでいて岩谷がわれわれの青少年時代をいかに豊かに彩った作詞家だったかがよく分ったのだが、そのなかに佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」(一九六九年)のジャケット写真が出ていた。それを見て、佐良直美といえば「私の好きなもの」が好きだったなあと思い出したのである。

「私の好きなもの」は和ボサの名曲と言われているらしいが(歌詞もいきなり《ボサノバのリズム》から始まる)、小学校六年だった小生はこの単語を並べていくだけの作詞法にいたく感心してしまった。好きなものを並べて、最後にあなたが一番好きを繰り返す。こしゃくな、と小学生が思ったかどうか忘れたが、うまいもんだと感じたのは事実。

私の好きなもの (1967年12月5日) 
作詞:永六輔/作曲:いずみたく/編曲:いずみたく

ただし、それ以来特段にボサノヴァに興味は湧かず、眠たいジャンルだなと思いつつどちかと言えば敬遠していたわけだが、この単語を並べる作詞の秀逸さというのはずっと頭の片隅にあった。そうしてつい最近(というのも情けない話ではあるが)アントニオ・カルロス・ジョビン作の「三月の雨」にがまさにそういう歌詞だということを知った。ジョビンは「三月の雨」(Águas de Março「三月の水」とも)を一九七二年に作った。翌年ソロで、そして七四年にはエリス・レジーナ(ヘジーナ)とのデユエットで発表した。それが大ヒット。ボサノヴァの代表的な作品となった。たしかにエリスの声がなんとも素晴らしい。

TOM JOBIM & ELIS REGINA - AGUAS DE MARÇO

「三月の雨」は家を建てる過程をモチーフにしたものだそうだ。そのつもりで読んで行くと森の外れで工事をしている様子が、そしてなかなか仕事が進まない様子がそれとなく伝わって来るように仕組まれている。《あなたが一番好き》という歌詞はないにしてもそういう状況を連想させる歌詞はある。永六輔の方が先んじているわけだからジョビンが真似した、まさか。何かヒントになる先行作品があったのかもしれないが【「マイ・フェヴァリット・シングス」だというご指摘をいただいた。まさに!タイトルそのものではないですか。どうして気づかなかったのだろう。深謝です。なおジョビンはオラーヴォ・ビラッキからインスパイアされたらしい】、永はこの作詞については何も記憶していないと述べている(『上を向いて歌おう:昭和歌謡の自分史』)。

Aguas de Março(邦題 3月の雨)対訳

ジョアン・ジルベルトの「三月の水」はメキシコ・アメリカ漂流時代の一九七三年に制作された。《アストラッドとも別れ、長い不遇時代を迎えてしまう。その間に吹き込まれたのが「イン・メヒコ/彼女はカリオカ」とこのアルバムというわけだ》(板橋純)。そのせいでもないだろうが冒頭に収められた「三月の水」がみょうにさびしい感じに仕上がっている。

そうそう、ブラジルの「三月の雨」はどしゃぶりだとか。


by sumus2013 | 2016-06-12 20:46 | おととこゑ | Comments(2)
Commented by Bossapedia at 2016-06-13 23:44 x
初めまして。ブログ記事を紹介頂き、ありがとうございます!
三月の雨は、家の建築の様子だったんですね!
そう言われて読むと、歌詞の随所に出てくる建築用語や資材が意味を成してきます。。。
今まで気が付きませんでした。
遅々として進まない様子、その周りの自然の光景、改めて素敵な歌詞だなって思いました。

いずみたくさんの「私の好きな物」は、三月の雨の他に、
サウンドオブミュージックのMy Favorite Thingsとか
マルコスバーリのThe Face I Loveとかにも通じるものがありますね。
Commented by sumus2013 at 2016-06-14 07:58
My Favorite Things! たしかにそうですね。何か先行例があるはずと思いながら浮かびませんでした。「三月の雨」歌詞の解釈は福嶋伸洋氏のレクチャー(NHK第二カルチャーラジオ「ボサノヴァとブラジルの心」)によります。
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