林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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人間世間

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福原麟太郎『人間世間』(暮しの手帖社、一九六九年一一月五日、装本=花森安治)。花森安治は文字で勝負するタイプの装幀家であろう。絵を中心にした図案ももちろん多数あるが、文字がいちばん大事だと知っていた人だ。『暮しの手帖』の題字をほぼ毎号と言っていいくらい変えていたのもその現れである。本書の文字は色紙を切って構成したように見える。この文字デザインが福原麟太郎の随筆に適当かどうかは別として人目を惹く図案であることは間違いない。鉛筆画の鍵(カギは花森の好んだモチーフのひとつ)が文字と微妙な違和感を生んでいる、それも計算の上なのだろう。

本書は『暮しの手帖』に連載されたエッセイをまとめたもの。ちょっと説教じみたところなきにしもあらずながら、いろいろ考えるヒントにはなる。試しに「外国語」というエッセイから少し引用してみよう。

《この間のオリンピックスのさわぎで、東京中の人が英語をしゃべらなくてはいけないような気持ちになり、速成英会話教室など、たくさんできました。またある短大では一千人近い女子学生が「英会話できます」という意味のバッヂ(これを今日の日本語ではパッチというのです、そういわなければ通じない。おかしな話です、ハンドバッグをハンドパックというに似た例ですが)をつけて銀座を遊弋[ゆうよく]していたけれども、たいして用事はなかったということでした。》

五十年前の話。言葉は変るものだ、「パッチ」とは……。母はよく「デバート」(パがバになっていた)と言っていたが、こちらはバがパになってしまった例か。ハンドパック……聞いたことないなあ。遊弋も初めて知った(これは無学なだけ)。ひょっとして四年後の東京でも似たような光景が見られるのだろうか。

つづいて「英会話」から。

《ことに日本語とヨーロッパ語というのは、全く違ったことばで、ワタクシハ・イヌヲ・アイシマス・という日本語は英語ではワタクシハ・アイシマス・イヌヲ・と言わなければならない。その他文法や単語も言葉の本質的な問題として違っているでしょうから、イギリスの子どもがフランス語を習うというのとちょっと違います。私は、やはり、日本語がはっきり頭に入ってから、外国語をはじめるのが良いと思うのですが、もっと言語学者によく聞いてみて判断したいと思います。
 このごろはチョムスキーという言語学者(マサチューセッツ工大教授)に人気があるようですが、『朝日ジャーナル』去年の秋(一九六六・九・二五)の特集で、氏を囲んでこういう問題にふれておりますけれど、彼も、決定的な判断をするほどの材料を持ってはいないようです。》

ちょっと気になったのは「ワタクシハ・イヌヲ・アイシマス」というのは日本語なのか? ということ。こんな言葉はよほどのことがない限り(例えば英会話についてエッセイを書くときとか)誰も使わないだろう。あるいはパッチみたいに五十年前には普通に使っていたのかもしれないが。

イギリス人のフランス語については知らない。ただ文法が似ているにしてはフランス人はそう流暢に英語をしゃべらないようだ。パリでの経験からするとそこそこ上手な英語を話してくれるのは外国から来ている人たちである。現在のフランスでは小学校にも英語クラスがあるそうだから英語はそれなりに学んでいるはずなのだが、知人のソルボンヌに入った娘さんでも英語は苦手と言っていた。それでも昔よりはずっと英語が通じるのは事実だし、古本屋さんたちは商売柄か英語の上手な人が多いようだ。

チョムスキー、また出た(加藤周一『稱心獨語』)。日本語について考えるときに必ず引き合いに出される時代があったようだ。

《私たちは日本語を話すとき、とても細かに表現を考えます。わたし、わたくし、わたくしたち、わたくしども、いろいろ使いわけます。英語を話すときも同じで、外国語では一人称は一つ、英語なら「アイ」がわたくしであり、あっしでもあり、おれでもある、というのですが、一人称単数は「アイ」でも、それにくっつく動詞や、その文章の構造などで、微妙な意味合いの差が生じ、あっしとおれの違い程度の差別は出てくるのです。一人称単数は、誰でも同じ「アイ」一つしかないというような早のみこみは危険であります。》

この問題についてはもう少し取り上げたい。


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by sumus2013 | 2016-05-19 21:10 | 古書日録 | Comments(0)
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