林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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プラハの憂鬱

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佐藤優『プラハの憂鬱』(新潮社、二〇一五年三月三〇日)読了。ある方より古本小説だというおすすめをいただいた。そうでなければまず読まない著者である……とは言え、本作は私小説だから、私小説好きとしては何かきっかけがあれば絶対に読まない作品ではない。実際、面白く読んだ。思想的な説明がくだくだしいのが難点でもあり、また特長でもあって、試験勉強のノートのような的確さというか、そっけない文体がかえってサクサク読み進めるのには好都合とも思われる。

『プラハの憂鬱』というタイトルは誤解を与える。チェコスロバキアについての記述が大半を占めるとしても実際のプラハは登場しない。ほとんど英国での語学留学時代の回想である。その中心舞台が古書店なのだ。ざっと古書店に関する文章を拾ってみる。

《そこで私も「フロマートカというチェコ人の神学者の研究をしたいと思っています」と話した。ブラシュコ先生は、「人生に複数の目標を持つのはよいことと思う。チェコ語の本を探しているのなら、オックスフォードのブラックウェル書店を訪ねるとよい。あそこなら、どんな本でも見つけてくれる」と言った。》

《ブラックウェル書店は、出版部門と新刊書店、古書店が一体化した企業だ(現在は出版部門は別会社)。》《この書店はオックスフォードの外に出ないという独特の経営方針をとっていた(1960年代にこの方針を変更し、英国全土で事業を展開するようになった)。棚をつなげると5キロメートルの長さになり、在庫は16万冊を超えるという。そのほとんどが学術書だ。ケンブリッジ大学の学生やスコットランドのエディンバラ大学の学生も、ブラックウェル書店で本を探すためにやってくることがある。》

《ロシア語の書籍はかなりあったが、チェコ語は十数冊しかない。すべて文法書や辞書だ。これならロンドンのコレッツの方がはるかに品揃えがいい。コレッツはソ連が経営を支えていると噂されている左翼系の本屋だ。日本のナウカや日ソ図書を経由して入ってくるソ連や東欧の書籍も、決済は英ポンド建てで、コレッツを通じて行っているという。》

著者はだめもとでブラックウェル書店の店員にチェコ語の神学書を註文できるかどうか尋ねてみると、取り寄せができるとのこと。一週間後に入手の知らせがあった。そしてその入手方法を教えてもらう。すなわち「ロンドンに東欧社会主義国の禁書や宗教書、古本を入手するのが上手なインタープレスという会社があります」との答え。

店主はズデニェク・マストニークという古本の世界では有名な人だった。店はブライスロード206番。著者は目録を請求して一度註文してから店を訪ねる。

《4階建ての古いビルの1階が古書店で、看板には大きくINTERPRESSと記されていた。
 店に入ると受付に若い女性がいた。私がマストニーク氏と約束していると言うと、奥の店長室に私を案内してくれた。店長室には、文字通り足の踏み場がないほど本や雑誌が積み重ねられていた。
 奥から赤ら顔で、白髪、身長が175センチメートルくらいの男性が出てきた。小太りで、年齢は60歳くらいだろうか。》

マストニーク氏は本書のなかではまるでプラトンとの対話のプラントン役を振り当てられているかのようであり、自らの経歴や東欧の複雑な民族や歴史について若き著者に語り、その導師となっていく。「あとがき」から氏についての簡潔な紹介文を引いておこう。

《この作品の中心人物は、元BBC(英国放送協会)国際放送のチェコ語アナウンサー兼記者で、古本屋インタープレス社長ズデニェク・マストニーク氏(1920〜2008)だ。BBCで仕事をするときは、パベル・ホランと名乗っていた。ナチス・ドイツのくびきからチェコスロバキアが解放され、マストニーク氏は大学留学を志して英国にやってきた。その直後、1948年2月にチェコスロバキアで共産党のクーデターが起きた。マストニーク氏は、軽い気持ちでスポーツ記者としてBBCに勤め始める。冷戦が進行する中で、BBCへの勤務歴があるマストニーク氏がスターリン主義体制下のチェコスロバキアへ帰国すれば、逮捕、投獄の危険がある。そこで亡命という選択をした。》

古本屋が登場するといっても、古本の話ではないので他にはロンドンのポーランド語専門のオルビス、チェコのカリフ書店がちらりと言及されるくらいだが、冷戦下のチェコを中心としたソ連や東欧諸国の西側との関係が細かに論じられているのはスパイ小説のバックグラウンドというような意味で興味深い。ソ連崩壊も予見されてはいるが、五十年百年の先だという見解だった。ところが何とその数年後に崩壊してしまった。

チェコ人の民族性についての論議のなかで次のくだりが特に注意を引いた。

《チェコ人は非歴史的民族なので、ドイツ人に同化されるのが必然であるといエンゲルスは考えていた。こういう過去がチェコ人に不安をもたらすのだろうか。
「あなたが言う不安とは、かつてチェコ人がドイツ人に同化してしまう可能性があったことを指すのですか」と私が尋ねた。
「それも確かに不安の要因です。しかし、それだけではありません。より根源的な、存在論的な不安です」とマストニーク氏は答えた。》

《恐らく、われわれはヨーロッパでもっとも外国語に堪能な民族だと思います。それは、世界で起きているいろいろなことを知らないと生き残ることができないという強迫観念がチェコ人に強いからです。しかし、いくら知識を増やしても、われわれは安心することができない。それは根源的なところでチェコ人が何も信じていないからです。チェコ人は神を信じていないが、共産主義も信じていない。根源的に懐疑論者です」》

これはまさにカフカ的不安である。

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by sumus2013 | 2016-04-20 21:14 | 古書日録 | Comments(0)
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