林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ディランその他

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『雲遊天下』123号(ビレッジプレス、二〇一六年三月三一日)。

雲遊天下123 特集◎2016年に思うこと

巻頭が甲斐扶佐義「「ほんやら洞」とは、何だったのか?」。それだけではなく友部正人「[ぼくの歌の旅、君の歌の旅]大阪へやってきた」には「ディラン」という喫茶店も登場している。友部は神戸の片桐ユズルを訪ね、大阪の「ディラン」という店へ行けと言われた。一九六〇年代が終りかけていたころ。

《大阪にぼくは「ディラン」というたまり場を見つけた。カウンターで一日コーヒーを飲んでいれば、店にやってくるいろんな人に会えた。みんな「ディラン」の大塚まさじやヨーコさんに会いに来たのだ。音楽を聞き、おしゃべりをして、忙しそうに仕事に立ち去って行く人もいた。そこでのんびりしているのはぼくぐらいなもので、あの頃街中が暇そうに見えたけど、みんなきっと働いていたのだ。》

《「ディラン」は難波の二十六号線沿いにあった。都会の真ん中なのにあたりは荒涼とした雰囲気があって、用もなくブラブラしているだけのぼくはよくやくざのような人から仕事をしないかと誘われた。》

《だから寝る場所も人の家。たいていは「ディラン」のすぐ裏に住んでいた大塚まさじのアパートだったけど、他にも何人か頼めば泊めてくれる人がいた。》

《あの「ディラン」の小さなドアからあふれるようにして出て行ったフォークシンガーたち、ロックミュージシャンたちを思えば、あの頃の難波はまさに大阪のグリニッチ・ビレッジだったのかもしれない。》

他には大川渉さんが「詰むや詰まざるや」という将棋小説(?)を連載しておられる。今回は二回目、さて次はどうなるだろう。


***


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『gui』107号(田村デザイン事務所、二〇一六年四月一日)。奥成達追悼号。ジョン・ソルト「追悼は、ため息製造吃逆マシーンーー奥成達を想う」より。

《達は「最高」と「最悪」ということばをよく使った。北園克衛などにはぞっこんで、よく北園たちの作品を「最高だよ」と言っていた。》

《奥成達は生涯フリーのジャーナリストで、締め切りは必ず守る人だった。物書きのスランプなど自分には絶えられなかったのだ。てんやわんやの毎日にもかかわらず、彼は頼りになる人だった。彼はお金にきれいだったし、空約束は決してしない信頼できる人だった。だが、彼はこのストイックな自己統制のことをあっさりと「マナーだよ」と言ってのけた。》



***


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四月の二日と三日、高知の五台山(牧野植物園のある、小学生のときに修学旅行で訪れた!)の展望台で「古本まつり」が開催されたそうだ。約八店が参加したと報告してくださった方から昨年できたという『高知古書籍商組合ふるほんやMap』(二〇一五年三月現在)を頂戴した。十一店舗掲載、うち二つは店舗なし。徳島や讃岐の例も以前紹介したが、それからすると高知は古本県と言っていいようだ。


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by sumus2013 | 2016-04-07 20:44 | 喫茶店の時代 | Comments(2)
Commented at 2016-04-11 11:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sumus2013 at 2016-04-11 20:00
そうありたいものです。
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