林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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市川箱登羅日記

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『歌舞伎』第四号(歌舞伎発行所、一九〇〇年七月六日)。この雑誌は本日のお題とは関係がない。歌舞伎と名の付く資料はほとんど持ち合わせていないのだが、何かないかとさがしていたらこれが手に触れたというだけのこと。ただ明治三十三年発行の第四号はそうそうは見ないと思う。

ついでに中を覗いたら鏑木清方の挿絵二点が。清方は明治二十七年の十七歳頃から挿絵の仕事を始めている。しかし成長とともに挿絵だけでは物足りなくなってきた。『歌舞伎』のこの挿絵を描いた次の年になるが、仲間らと「烏合会」を結成し、挿絵ばかりでなく「本絵」(展覧会で発表するための作品)にも力を入れ始める。ちょうど青雲の志が胸に渦巻いていた時期だろう。いまだ後年の清方をこの挿絵から想像するのはやや難しいものの、何と言うか画筆のしなやかさはさすがだと思う。

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さて本題。『歌舞伎』は『歌舞伎』でも『歌舞伎 研究と批評』55(歌舞伎学会、二〇一五年一二月一〇日)。某女史よりこの雑誌を頂戴し、ほとんど必要最小限の知識しか持ち合わせていない分野なのでざっと目を通してすまそうと思っていたところ、おや、と目を惹く長尺の読物があった。

菊地明「市川箱登羅日記(四十九)大正三年六月〜七月」。読物ではなく日記の翻刻であった。これがまた巡業の日々におけるさまざまな出費をこと細かに書き記した内容で、なんとも貴重この上ないもの。しかも驚いたことに七月一日には讃岐の高松へ渡っている。これは中桐絢海の『観楓紀行』以来のうれしい収穫。

観楓紀行10 高松港

七月一日、市川箱登羅一行は尾道から高松へ向かう。汽船香川丸に一座残らず乗船(ただし船が嫌いな者は汽車にて出発……とあるが、どこかで船に乗らなければならない)、午後二時出船。午後七時五分高松港着。宿からの迎えの車あり(人力車らしい)。箱登羅一行は丸山旅館へ七時二十五分安着(どうです、この細かさ)。この日より日差しきびしく九十度以上。むろんこれはファーレンハイト(華氏温度)であるからセルシウス(摂氏)に直せば三十二度少々になる。

七月二日は金比羅参詣。今でこそ金比羅歌舞伎などと大流行りのようだが、徳川時代に繁栄した金比羅大芝居も明治以降はすっかり寂れてしまっていたようだ。日記には芝居小屋などについて一言も触れられていない。

七月三日 歓楽座初日。巡業中の演目はずっと「だんまり」「仙台御殿」「紙治」「鞘当」の五幕だったそうだが、この日は「だんまり」は省略された。初日は午前十時から幕が開く予定が遅れて十一時に始まり午後四時四十分に終っている。

七月四日 十一時半楽家入り。午後三時過ぎ帰宿。

七月五日 十一時半楽家入り。《此日日曜にて見物よし》。午後三時過ぎ帰宿。

七月六日 この日は宿や車夫、スタッフ全員に茶代・心付・祝儀を出す。

《堀越氏ニ連られ 我等 福之助 楠瀬 状書 留床 土手供いたし水野支店海水掛店へ行 夜食御馳走ニ相成 片原町道具や二軒へは入り 十一時帰宿致し直ク寝ル 入用 十六円種々出銭 外ニ二十八銭伊東立替 〆金十六円二十八銭 入金十五円成駒家ヨリ頂戴ス》

片原町は繁華街である。現在も長大なアーケード街として賑わっている。成駒家は初代中村鴈治郎。箱登羅の師匠。

七月七日 舞台が終ってから栗林公園を見物。

七月八日 《歓楽座千穐楽 是ニテ巡業終 此夜高松ヲ出立》 宿へ勘定する。宿の払い四円八十五銭。築港桟橋さんえ社より第十五宇和島丸に乗り込む。午後八時二十五分出船。

七月九日 午前二時過ぎ起きる。午前三時十五分神戸港へ着。四時過ぎ出船、六時過ぎ川口(大阪)へ着。電車から阪堺電鉄で帰宅。《高松滞在八日間入用 金二十四円九十一銭

大正三年の一円は今の三千円前後の感じではないかと思う。



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by sumus2013 | 2016-03-21 20:40 | うどん県あれこれ | Comments(2)
Commented by miti-tati at 2016-03-22 09:52 x
”歌舞伎 研究と批評”は創刊時から購読、30号近くでこちらが挫折。発行が不定期になり記事論文も初期のなんともい
えない熱気がなくなったからです。なかでも、箱登羅日記は定期的に買っていた大きな理由でしたが、まだ続いていましたか。確か彼の40年近い日記ですが、いつかは本になるだろうという淡い期待がありました。巡業の多い成駒屋芝居、
その日常生活が活写されていて大変貴重です。ここらでどこかの出版社が一区切りで出版してください。熱望します。こ
れは三村竹清の"不秋草堂日歴”も同じ願いです。どなたかどこかで区切って本にして下さい。こちらはもう半分墓場に足が入りかけています。
Commented by sumus2013 at 2016-03-22 15:23
たしかに全部読み通してみたいですね。書籍としてはキビしいかもしれませんが、蛮勇をふるう版元は……いませんか。データとして残れば、まずはよしとするところでしょうか。
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