林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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文人生活

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『季刊文藝學』第1号(京都文芸学会編、秋田屋、一九四七年三月一、装釘=庫田叕)。泉井久之助、吉川幸次郎、中西信太郎、青木正児、執筆。

これらに加えて大山定一「近代詩の問題」を収録する予定であったが、締め切りに間に合わなかったと「後記」にある。大山の原稿が遅いのは有名な話だったようだ。敗戦一年半、やっと自由に発表できる雑誌だというのに、ここでもやっぱりか、という感じがしないでもない。

大山定一『作家の歩みについて』

青木正児は「中華文人の生活」を寄稿している。「文人」とはどういうものかを懇切に例を挙げて説明してくれており、たいへん参考になる論文。どこかで既に読んだことがあるなと思って調べてみると『琴棋書画』(春秋社、一九五八年)に収録されていた。そちらをさきに読んだわけだ。

せっかくだから「文人」の成立という序論の部分だけメモしておこう。

・早く『詩経』大雅江漢篇には《告于文人》とあり、また『書経』周書には《追孝于前文人》とある。ただしこれらの意味する文人とは「文徳そなはれる先祖」である。

・「文筆のすぐれた人」という意味の「文人」は漢代に始まる。王充『論衡』超奇篇は《群書を采〓[手ヘンに叕]して上書(天子に上る文)奏記(公府に奏する文)を作る者を「文人」とし、精思して文に著はし篇章を連結して著書を成す者を「鴻儒」と為すと謂ひ、而して佚文篇には文人と鴻儒とを併せて之を「文人」と称し、「孔子は周の文人なり」とさへ大胆に言ひ放つてゐる。》

・魏(220〜265)の文帝『典論』論文篇ではすでに韻文散文をよくする者をもって「文人」と称しているからその頃には「文人」の意味がほぼ固まっていた。

・作家として生活する文人の始まりは戦国の末(前三世紀)楚国に起つた辞賦の作家である屈原である。

・後漢(25〜220)以来、お偉ら方の上書・奏記を代筆することが文人の仕事になった。

・また碑文をつくることが後漢に流行しはじめた。

・そのような状況を反映して『後漢書』にはじめて「文苑伝」なるものが登場する。

・漢末より詩が流行しはじめる。魏晉南北朝の間(220〜589)王侯により詩にたくみな文人が優遇されるようになった。同時に宴会で詩を作ったり互に贈答したりする風も盛んになる。「文酒の会」「詩の応酬」などと後に呼ばれるようになるが、この時代に文人の交游生活がひらけた。

・文人の隠遁生活ということもまたこのころ始まった。例えば晉(265〜420)の陶淵明である。

《上述の如く文人生活の発達を大観するには、官僚・幕賓・売文・交游・隠逸の五種が注目され、而して其れは略ぼ古今の文人の生活様式を概することが出来る。故に文人生活は漢魏六朝間に於て一通りの典型が備はつたと謂ひ得るであらう。》

さらに詳細な分析が続くがひとまずはここまで。

「青木正児全集月報1」

青木正児『琴棋書画』

淡斎主人訳、青木正児校註『通俗古今奇観』


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by sumus2013 | 2016-03-20 20:25 | 古書日録 | Comments(0)
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