林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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夢と人生

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『写真史150年記念 写真に見るフランス』(西武百貨店、一九八九年)展図録より。「旧フロールの館とテュイルリー公園」(ショワラとラテル、一八四〇年代)。ネルヴァルが《荒涼とした空に黒い太陽と、チュイルリイの上に血のやうに赤い球を見るやうな気がした》と書いたその現場である。手前の建物はセーヌ河に面したルーヴル美術館の一部。

昨日はパリを歩き回る描写だけを紹介したが、今日はそれ以外の印象的なパッセージを引用しておく。ネルヴァルは療養所の自室の窓から街路を眺める。そこは小さな村落のようであった。

《私は此処に、自分の様々な財物の形見一切、廿年来散逸し或ひは転買した多くの家具家財の雑然とした残骸を見出した。之はファウスト博士の物置場のやうな風であつた。》

詳細はくだくだしいので省くけれどもその最後にこうある。

《要するに、私は自分で最後に所有してゐたものの殆ど全部を此処に見出したのであつた。私の蔵書、ピコ デラ ミンドラや賢人ムールシウスやニコラウス クザヌスの霊を悦ばせるが如き、あらゆる時代の学問の奇怪な累積、歴史、紀行、宗教、カバラ、占星学、ーー二百冊より成るバベルの塔、ーー人々はこれ等そつくり私の手許に残して置いてくれた! これには賢人を狂人になし得るものがあつた。狂人を賢人になし得るものも亦あるやうにしたいものである。》

《Mes livres, amas bizarre de la science de tous les temps, histoire, voyages, religions, cabale, astrologie à réjouir les ombres de Pic de la Mirandole, du sage Meursius et de Nicolas de Cusa, – la tour de Babel en deux cents volumes, – on m’avait laissé tout cela ! Il y avait de quoi rendre fou un sage ; tâchons qu’il y ait aussi de quoi rendre sage un fou.》

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「ポーズをとる子馬に乗った皇子」(マイヤーとピアソン、一八五九年頃)《画面のナポレオン三世(右)と馬丁の姿(左)は、完成したポートレートからは除かれたと思われる》(『写真に見るフランス』より)


これに次ぐ描写のなかで驚かされたのは経鼻経管栄養の描写である。

《漸くにして私はこの暗鬱な観照から引き離された。実に好い私の医者の優しい同情の籠つた顔が、私を生者の世界に返した。彼は私に非常な興味を覚えさせた光景を見せてくれた。患者の中に元アフリカの兵隊だつた一人の若者がゐて、六週間以来拒食をしつづけてゐた。長いゴム管を鼻孔に差し込んで、そこから可成り多量の碾割麦かチョコレートを胃中に流し込んでやるのであつた。》

《Je fus enfin arraché à cette sombre contemplation. La figure bonne et compatissante de mon excellent médecin me rendit au monde des vivants. Il me fit assister à un spectacle qui m’intéressa vivement. Parmi les malades se trouvait un jeune homme, ancien soldat d’Afrique, qui depuis six semaines se refusait à prendre de la nourriture. Au moyen d’un long tuyau de caoutchouc introduit dans son estomac, on lui faisait avaler des substances liquides et nutritives.Du reste, il ne pouvait ni voir ni parler et rien n’indiquait qu’il pût entendre.》

なお訳者佐藤正彰が用いたテクスト(バシュランのベルヌウアル全集版)とここで引用している原文(http://www.biblisem.net/narratio/nervaaur.htm)とは若干異なる。後者には《可成り多量の碾割麦かチョコレート》という具体的な内容を示す文は見えない。それにしても、この時代から経鼻経管による栄養投与法があったとは思いもしなかった。

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「皇帝に敬礼」(シャルル・ネグル、一八五八〜五九年)《8月15日はナポレオン一世の設けた皇帝の祝日。ここではヴァンセンヌの労働者のための施療院で祝われた》(『写真に見るフランス』より)。パリの百姓達(les paysans)というのはこう風体だったのだろうか? あるいは施療院の衣なのか。


もうひとつ、訳者の「解説」にプルウストに関する言及があったのにも少し驚かされた。

《作家としては、彼と多くの共通点を有する恐らく現在までの廿世紀最大の作家たるマルセル プルウストは、彼を十九世紀の三乃至四の最大作家の一人に数へてゐることを以て、すべてに代へよう。》

《とにかくこれが極めて独自な小説ーーやがてプルウストに到つて燦然と開花する小説の一ジャンルであると云ふだけにしておく。若しプルウストの『失ひし時』が小説でないと云ふならば『夢と人生』も小説には属さぬかも知れぬ。》

この岩波文庫は昭和十二年発行だから、この時点ではまだ『失ひし時を索めて』は全訳されてはいなかった。しかしながら作品社から昭和九年に『プルウスト研究』四冊が刊行され、また同時に何人もの学者たちが、それぞれ独自に、その難行に取り組んでいた。岩波文庫にも伊吹武彦他訳が入るという企画があり(実現せず)プルーストに対する翻訳熱が著しく燃え上がっていた時代だった。それがこの解説における《現在までの廿世紀最大の作家》などという形容に反映されているのであろう。あるいはひょっとして逆にブルースト研究のためにこの『オーレリア』が翻訳されたのかも知れない。

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by sumus2013 | 2016-03-14 21:18 | 古書日録 | Comments(0)
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