林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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オーレリア

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ネルヴァル『夢と人生 或はオーレリア』(佐藤正彰訳、岩波文庫、一九三七年五月一五日)読了。ネルヴァルをこれまでほとんど読んだ記憶がなかった。プルーストが愛した作家ということで『花咲く乙女たちのかげにII』の後のナイトキャップとして棚から抜き出したのである。この本の書皮は以前ブログで取り上げている。今回は中味を。上は筑摩書房版『ネルヴァル全集』内容見本(一九九七年四月)。

丸善京城支店の書皮

夢と幻覚と現実がないまぜになった一種独特の体験が語られている。全体としてはさほどには引き込まれなかったのだけれども中途で巻を置こうという気にもならなかった。例えばパリ市内を彷徨する描写または自らのコレクションや蔵書について語るくだりは実に興味深い。

ベッドから「ノオトル・ダム デ ヴィクトワル」(以下固有名詞の表記は本書に従う)教会の合唱が聞こえるそうだから主人公(=ネルヴァル)はヴィクトワル広場の付近に住んでいたのだろう。ルウヴル美術館から北へ五百メートルくらいのところにある。「私」は陰鬱な気持ちで外へ出、モンマルトル墓地へ向かう。墓地は閉まっていた。そこでドイツ詩人の家へ行こうと思うが、クリシイ市門を曲がったとき喧嘩を目撃。ショックを受け郊外と市門の間にある荒れた地域をさまよう。中心街へ引き返しヴィクトワル街の付近で出会った司祭に懺悔をしたいと申し出る。明日にしてくれと言われ「ノオトル・ダム ド ロレット」寺院のマリア祭壇の許に身を投げ出した。立ち上がってシャンゼリゼへ向かう。

《コンコルド広場に著いた時、私の考へは自滅することであつた。幾たびか繰り返し、私はセエヌ河に向つた。しかし何ものかが私の決心を遂行することを妨げた。星が天に輝いてゐた。突然、それ等の星が、先程教会で見た蠟燭の如く、一度に消えてしまつたやうに思はれた。私は、時が終極に達して、そしてわれわれはヨハネ黙示録に示された世界の終焉に近づいたと思つた。荒涼とした空に黒い太陽と、チュイルリイの上に血のやうに赤い球を見るやうな気がした。》

《Arrivé sur la place de la Concorde, ma pensée était de me détruire. À plusieurs reprises, je me dirigeai vers la Seine, mais quelque chose m’empêchait d’accomplir mon dessein. Les étoiles brillaient dans le firmament. Tout à coup il me sembla qu’elles venaient de s’éteindre à la fois comme les bougies que j’avais vues à l’église. Je crus que les temps étaient accomplis, et que nous touchions à la fin du monde annoncée dans l’Apocalypse de saint Jean. Je croyais voir un soleil noir dans le ciel désert et un globe rouge de sang au-dessus des Tuileries. 》

Aurélia ou le Rêve et la Vie(岩波文庫のタイトルは原題と主副が逆)

サン・トノレ街を通って帰りルウヴルの広場で幻視を体験する。

《速やかに追はれる雲越しに、非常な速さで通り過ぎて行く数多の月を見たのだ。之は地球が自分の軌道を離れ、そして檣[マスト]を失つた船のやうに天の中をさまよひ、代る代る大きくなつたり小さくなつたりする色々の星に近づいたり遠ざかつたりしてゐるのだなと考へた。》

疲れ切って家にもどりベッドに倒れ込んだ。神秘的な子供の合唱が聞こえて目覚め、起き上がってパレ・ロワィヤルの勧工場(les galeries du Palais-Royal)へ行く。小さな菓子をひとつ食べて再びドイツ詩人の家へ向かった。たどりつくなり《一切は終つた、われわれは死ぬ覚悟をしなければならぬ》と言い、そしてデュボワ病院へ連れて行かれた。

一月入院して恢復した。続く二ヶ月はまたもやパリの周囲を巡遊した。そして執筆を開始する。推敲のため不眠に陥り一晩中モンマルトルの丘を歩き回って日の出を見た。百姓や労働者たちと長い間話をした(サン・トノレやモンマルトルに農夫がいた!)。サン・トュスタアシュの大時計の鳴るのを聞いてチュイルリイに向かうが閉まっていたのでセーヌ河岸に沿って進みサン・トュスタアシュ寺院のマリア祭壇に跪き、父を訪問した後、植物園に行った。

《人が多勢居て、私は暫くの間、池の中で水浴びする河馬を見てゐた。ーー続いて骨骼学の陳列所を見物に行つた。そこに列んでゐる色々な怪物を眺めるとノアの大洪水のことが頭に浮かんで来たが、外に出てみると、物凄い驟雨が庭に降つてゐた。私は心に思つた、これはひどい! 女も子供も皆濡れてしまふぞ!……、続いて思つた、だがそれどころぢやない! 本当の大洪水が始まつたのだ。付近の街々に水が溢れてきた。私はサン・ヴィクトワル街を駆け下りて、そして、自分が世界を襲ふ洪水と信ずるものを食ひ止める積りで、サン・トュスタアシュで買つた指環を一番深い箇所に投げ込んだ。恰もその頃合に、暴風雨は鎮まり、そして一條の光線が輝き始めた。》

パリの植物園(Jardin des Plantes)

面白い。一八五五年『Revue de Paris』誌に発表された作品である。十九世紀前半のパリの雰囲気が伝わってくるようだ。参考にはならないだろうが、ざっと主人公の行動を地図上に示してみた。どの通りを移動したのかは分らないのでだいたい最短距離をとったと考えた。

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パリ古本屋地図

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by sumus2013 | 2016-03-13 20:55 | 古書日録 | Comments(0)
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