林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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遊仙窟

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張文成『遊仙窟』(魚返善雄訳、創元文庫、一九五三年一月一五日)。文庫ということでは岩波文庫(漆山又四郎訳注)でも出ているが、古書価は創元文庫に軍配が上がる。四倍くらいか。他にもいろいろな活字本が刊行されている。

《遊仙窟は一千年前の奈良朝人がひつぱりあつて読みふけり、それからは代々大はやりで、伊勢物語や源氏物語など、わが歌物語への影響も相当に深いこととおもわれる》(土岐善麿「序」より)

《日本最古の外国小説は第八世紀のはじめに伝わつたこの「遊仙窟」で、これは中国でも最も古い小説の一つである。かの地では早く亡び、千二百年を経て日本版から再生されたが、そのとき魯迅は「遊仙窟の全文ようやく中華の土地に帰る」といつてよろこんだ。》(まえがき)

というような作品。最古と言っても現存しているのは正安二年(一三〇〇)の写本を転写した康永三年(一三四四)の巻物一軸(京都醍醐寺所蔵)および文和二年(一三五三)に僧賢智の写した真福寺本(名古屋真福寺所蔵)がもっとも古いそうだ。それらを元にした江戸時代の版本が何種かある。

いかにも意味深い重厚長大な小説かというとそんなものではなく、たわいもないエロチック・コメディ。仕事で出張している官吏の男が山奥で道に迷う。崖のてっぺんにある屋敷にたどりつく。すると絶世の美女が迎えてくれる。一夜の宿を求めてあれこれやり取りしていると今度は絶世の美女の姉が現れる。いつの間にか宴会ということになり三人で楽しく詩を交換したり歌ったり踊ったり浮かれ騒ぐ。男は姉妹だけでなく女中にもちょっと脇目をやったりしながら結局は妹とベッドイン。後朝(きぬぎぬ)の別れが待っている。

具体的に三人の掛け合いのさわりを少々引用しておこう。訳文つづいて原文。

《わたしは言つた、
「なさけにめぐりあい、あんず(杏)ることもなし。」
五嫂が言う、
「もうこうなつては、いくじからなし(唐梨)。」
十娘が、
「ちよつと小刀を拝借、梨を割るの。」
そこで、わたしは小刀の歌、
 「にかわと漆もて、
  つか(柄)ねしかたな(刀)るが。
  切さきむざむざと、
  ひねもす皮の中。」
十娘が鞘をよむ、
 「押されて皮ゆるみ、
  こすられ程のよさ。
  抜きすてられたらば、
  から鞘たよりなや。」
五嫂が言つた、
「だんだん深刻になりましたね。」》

《下官曰、
「忽遇深恩、一生有杏。」
五嫂曰、
「當此之時、誰能偲㮈。」
十娘曰、
「暫借少府刀子、割梨。」
下官詠刀子曰、
 「自憐膠漆重、
  相思意不窮。
  可惜尖頭物、
  終日在皮中。」
十娘詠鞘曰、
 「数捺皮応緩、
  頻磨快転多。
  渠今抜出後、
  空鞘欲如何。」
五嫂曰、
「向来漸漸入深也。」》

この後に続く濡場も引用しようと思ったがばかばかしいのでやめておく。しかし詩をやりとりして意志を伝え合うというのはずっと近世末にいたるまで日本における詩歌の主流だったわけだから(雅俗を問わず)『遊仙窟』の果たした役割は計り知れない。

《奈良朝時代の日本では、小説の「遊仙窟」が儒・仏の経典や諸子の書と同等にあつかわれていたようで、この態度は平安朝の「和名類聚抄」においても同様である。経典や正史ばかりを尊重して文芸作品を軽く見るのがそもそも不合理ではあろうが、これはとにかくめずらしい現象といえよう。》(解説)

舶来モノは何でも有難かった時代だったのか……。なお訳者によればタイトルにある「仙」は「チャーミングな女」あるいは「商売女」の意味で「窟」も「宿」と解するのが正しいそうだ。


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by sumus2013 | 2016-03-08 21:14 | 古書日録 | Comments(0)
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