林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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春城閑話

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市島春城『春城閑話』(健文社、一九三六年二月一五日)の裸本。函があればそこそこのお値段ながらこちらは双白銅二百円なり。先日、豆本の話で引用した。驚くべきコレクター魂の持ち主である。ジャーナリストから政治家となったが喀血して政治活動を中止、東京専門学校(後早稲田大学)図書館長に就任した。

本書は趣味の分野についてさまざまに蘊蓄を披瀝している。ただ茶道や骨董については別世界でもあり、また文章にやや説教臭があって面白味は少ない。しかし古書となると話は別。

《私の毎日の道楽は市中へ出て書物を漁り廻ることで、これが殆ど日課である。震災後は古書が殊に払底で、ある時は手を空しうして帰ることもある。然し獲物が無くても興味はある。丁度狩猟家が時に一物も得ずして帰ることのありながら、再び銃を手にして出掛ける心持と同じだ。畢竟希望が興である。ホープと道伴れである所に興味が存するのだ。
 扨て会心の書物を取り当てたとすると、其の喜は非常である。時には近辺の旗亭に立寄り、本を傍らに侍らして祝杯を挙げることもある。求め得た本を家へ携へて来ることを私は戯れに「珍客来る」と呼んでゐる。この珍客を時には寝所にまで引き入れることもある。お客というても決して帰すことはない。毎日斯く珍客を迎へて接客することが私の道楽である。》(古書あさりと図書館生活)

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他には「頼山陽と趣味」というかなり長文のエッセイを最も興味深く読んだ。《人は多く山陽の才学、識見を云ふが、実は、其の趣味性を閑却しては、彼れの芸術を解しかねるのである。彼は趣味に於ても大なる天才であつた》という観点から一々その趣味生活を吟味して行く。

まずは書画癖。山陽は「横奪」が得意だった。

《竹田が、人の為に刻苦して画帖を書き、「一楽帖」と名づけた。山陽は、之を見て食指動き、遂に横奪に及んだ。竹田も、為に再び書くことを余儀なくされたが、山陽が横奪の言ひ草に、「他人の喜ぶ所は我も亦之を喜ぶ、他人の珍とする所は我も亦珍とする、他人のものを横奪するも亦復一楽である」と呑気なことを云うてゐる。

これでは「買えなければ盗んででも自分のものにしたくなるような絵なら、まちがいなくいい絵である」とうそぶいた洲之内徹の大先輩ではないか。竹田は山陽の「亦復一楽」という言葉を取ってあらたに描いた帖を「亦復一楽帖」と名付けたのである。

江戸の市河米庵も同じ癖を持っていたそうで、山陽と米庵はしばしば往来していた。米庵が京都へやって来たとき、木屋町にあった山陽宅を訪問した。山陽は遠来の客を喜んでもてなし最も珍蔵していた中国画を見せてしまった。米庵は一目見て食指動きぜひともその一幅を手に入れたいと懇望したが山陽はウンとは言わない。そうこうして日は過ぎ米庵は江戸へ帰ることになった。ところが大津まで来たとき「やっぱりあの絵が欲しい!」と思い直し、馬を引き返させたと言うのだ。山陽の家に駆け込んで「持ち金全部をはたくから譲ってくれたまえ」と懇願した。それでも山陽は譲るとは言わなかった。悄然と江戸に戻った米庵は切々と訴える手紙を山陽に宛てて書き送った。それを読んだ山陽、身ぶるいがしたそうだ。

山陽と伊丹の清酒、とくに剣菱との関係を描いたくだりも面白い。山紫水明處の購入資金を援助したのは剣菱醸造元ではないかと春城は推測している。剣菱を紹介した老柳原佐一郎に宛てた山陽の手紙の内容からそれが読み取れる。たしかにあそこは一等地だから文売だけでは容易に求めることはできないだろう。誰であれそういうパトロンがいたとして不思議ではない。

山紫水明處

篆刻についても一家言のあった春城だから山陽と篆刻についてのくだりもよく書けている。二百円でたっぷり楽しめた一冊だった。

阪口五峰と市島春城

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by sumus2013 | 2015-12-30 21:44 | 古書日録 | Comments(0)
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