林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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小島信夫集

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「新鋭文学叢書3小島信夫集』(筑摩書房、一九六一年一月一五日)。書影の森 筑摩書房の装幀1940-2014』には選ばれていないが、なかなか凝った本である。装幀は原弘・白井正治。

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天地木口が黒塗り。表紙は厚め(一ミリ)の板紙に上質紙(今の見本帳から似たものを探すと「あらじま」に近い)の表紙を貼付け、同じ紙の色違いを見返しに使っている。ハードカバーの厚みをそのままソフトカバーに持たせたアイデアだが、背も厚いのでしなりが悪い。ただその割にはノドの開きはまずまず。箱と表紙を同じデザイン(色違い)にしたのもちょっとした工夫である。

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別丁扉はアート紙にモノクロ。このベタの白黒コントラストは一九六〇年代らしい雰囲気。つづいて口絵写真で著者近影。目次が一頁、このレイアウトは今見ると新鮮。活字の大きさが数字以外は全て同じというのも目新しい。

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当然、奥付もそれなりに凝っており、検印紙をまだ使っているのにもオヤと思う。

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荻窪・岩森書店のレッテル付き。

かなり久しぶりに小島信夫を読み返した。やはり「小銃」がいい。ちょっと作り過ぎのところもあるが。以下の文章は「星」から。

《終戦になったとき、猪間大尉は、戦争は終るわけはないと云いました。大尉一人でも攻めて行く勢いだったからです。いや大尉が行けば当番の僕は、どうしても行かずにおられるでしょう。しかし大尉はその後、自決することにしたといいました。そのうち彼は共産軍に入るからお前も行かないかと誘いました。共産軍に入ると三階級はとんで、大尉は大佐になり、僕も下士官ぐらいにはなれるというのです。》

《僕が英語の仕事をするようになったのは猪間大尉がどなりつけるようにこう云ったからなのです。
「お前は今日から英語を思い出せ。いいか、どんな事があっても思い出すのだぞ。そのつもりになれば人間なんでも出来る」
「どうしたら思い出せるでしょうか」
 僕にアメリカのことを忘れよ、と日夜精神訓練を行ったのは猪間大尉本人ではありませんか。つい先日まで攻撃をもくろみ、自決だと云い、現在は逃亡を企てかねない猪間大尉の口から出た言葉なのです。

《僕は猪間大尉と相談して(いや彼が日本語の教材を作ったのですが)次のような内容の英語をプリントしました。
 曜日、月の名、階級名、部隊名、兵器名
 貴官はアメリカ軍人ですね。自分は日本陸軍大尉猪間伍六であります。
 それは間違っています。信じられません。
 それはどこから聞きましたか。
 ようこそ。御用件は何でありますか。
 どういたしまして。
 我が軍は勇敢でした。貴軍もそうでした。皆自分が悪いのです。
 罪のあるのは某々です。
 部隊は×所に×万残留しています。
 糧秣はあります。ありません。
 酒をたしなみますか。
 捕虜はどのように取り扱われますか。
 自分は戦犯になる筈はありません。》

おお、日米会話手帳の大ヒットはすでに予見されていたということだ! 

『日米會話手帳』(科学教材社、一九四五年)

それにしてもサイテーだな。このサイテーが戦後日本を作ったということになる。危ういのももっともだ。

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by sumus2013 | 2015-09-14 20:37 | 古書日録 | Comments(0)
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