林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ホーニヒベルガー博士の秘密

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エリアーデ『ホーニヒベルガー博士の秘密』(直野敦+住谷春也訳、福武文庫、一九九〇年一〇月一六日)をかなり久しぶりに読み直した。富士正晴の「游魂」とやや似た雰囲気がある。ただしこちらは死ぬのではなく生から解脱(?)するのだが。

エリアーデはルーマニアのブカレスト生まれ。世界的な宗教学者であり、幻想小説家としても知られた。一九四〇年に故国を去り八六年にシカゴで歿する(七十九歳)まで亡命生活を送った。四五年から五六年まではパリにいたそうだ。論文は英仏語で執筆したが、小説だけはルーマニア語でしか書かなかったという。

小説として特別ユニークだとは思わない。ただ背景や細部の描写にはエリアーデならではの知識に裏打ちされた周到さが宿っており、ぐいぐいっと引き込まれてしまう。

《今度の件よりだいぶん前に、私はドゥンボヴィツァ河岸の古書店街の一軒の店で、中国関係の本を一箱みつけた。その本はみんなよく研究してあり、前の持ち主の手で書き込みがあり、時にはミスプリントの訂正さえしてあった。持ち主の名は、大概の本の見返しにしるしてある。ラドゥ・C。このラドゥ・Cはただのアマチュアではなかった。今では私の所有に帰している彼の蔵書は、彼が中国語の本格的かる系統的な研究を志していたことを証明している。その証拠に、彼はエドアール・シャバンヌによる司馬遷の『史記』のフランス語訳六巻本に書き込みをし、漢文テキストの誤植を訂正している。クーヴルール版の中国古典を読んでいる。『通報』誌を購読し、『ヴァリエテ・シノロジック』の大戦勃発前に上海で出たバックナンバーを全部買っている。その蔵書の一端を入手して以来、長いあいだフルネームも分からぬまま、私はこの人物が気になっていた。古本屋は一九二〇年に数百点の本を買い入れ、そのうち挿絵入りの何点かがすぐ売れたほかは、このシナ学のテキストや研究書のコレクションに目をつける愛好家は一人も店に現れなかったのである。私は思った。いったい、これほど熱心に中国語に取り組み、しかもあとになにひとつ、フルネームすら残していないこのルーマニア人は何者であろう?

この主人公は見知らぬ夫人から手紙を受け取る。亡き夫が医者でありながらインド研究に没頭したホーニヒベルガー博士に関する著書を大量に集めているので見て欲しい。亡き夫と書いたが、実のところ死んだのかどうなったのかははっきりしない。ある日掻き消えたのだった。夫人の邸宅を訪問するとそこには見事な書庫があった。

《がっしりした樫板の扉が開いた時、私は敷居の上で凝然と立ちすくんだ……。それは前世紀に建てられた大富豪の館にもめったにないような大きな一室である。広い窓が裏庭に面している。カーテンがわずかに開かれていて、秋の夕暮の澄んだ光がさしこみ、ほとんど書物でうずまった、天井の高いこの広間にいそう厳粛な趣きを添えている。書庫のかなりの部分は木造の書棚で囲まれていた。ざっと三万冊は越える本の大部分は革で装幀されており、医学・歴史・宗教・旅行・神秘学・インド学など、文化のさまざまな領域にわたっている。》

《マルコ・ポーロとタヴェルニエから、ピエール・ロチとジャコリオに至る数百冊のインド旅行記がある。そう思わなければ、たとえばルイ・ジャコリオのたぐいのいかさま作家の本があることの説明がつかない。それから『ジュルナル・アジアティック』とロンドンの『王立アジア協会ジャーナル』の全号揃いがある。たくさんの学会の紀要や、インドの言語、文学、宗教に関する数百の学者の記録については、今さら言うまでもない。ペテルスブルグ版の大きな辞書から、カルカッタやベナレスで発行されたサンクリット語テキストに至るまで、インド学の領域で前世紀に出た重要な出版物のすべて。なかでも私は大量のサンスクリット語テキストに驚嘆した。》

……まだまだ続くが、直接的には物語のストーリーに絡んで来るわけではない。ここから更にホーニヒスベルガー博士の秘密を探求した男についての探求が始まる……その結末は、バラしてしまっては面白くないので、ヒミツ。

「ホーニヒスベルガー博士の秘密」の他に「セランポーレの夜」という短篇も収められているが、これら二作は一九八三年にソムニウム叢書第三巻として初めて翻訳出版されたものだと直野敦氏の「解説」にある。そうだったのか!

ソムニウム叢書2 アウラ


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by sumus2013 | 2015-08-30 20:38 | 古書日録 | Comments(0)
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