林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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漱石詩注2

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吉川幸次郎『漱石詩注』は一九六七年の漱石全集第十二巻のために書かれ、岩波新書『漱石詩注』としても刊行され、さらに『吉川幸次郎全集第十八巻』(筑摩書房、一九七〇年)にも収録された。筑摩版全集には「漱石詩注補」があり、それが本書では〔補訂〕として挿入されているのだが、これがとりわけ面白い。例えば、

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この「無題」の二行目「校屨」について吉川はこのように注した。

《この二字わかりにくい。臆説をのべる。漢代の地方官で王喬という男、任地と都とをまたたく間に往復する。天子が不思議に思ってしらべると、彼は仙術を心得、屨(くつ)を空中に飛ばせてやって来るのだった。先生と同時の秀才たちも、みなつぎつぎに屨を空中に飛ばせて、西洋に留学した。いままでは「迍邅」と指をくわえて、その屨の数を勘定するだけであった。「校」の字には、数うる也という訓がある。かくてむなしく「塵の中に滞る」のが、これまでのおのれであった。しかし今度はおのれも海外に留学するというのが、次の句。

しかしながら、これは空想に過ぎる解釈だった。

〔補訂〕屨の二字、「易」の「噬嗑」の語であることにうっかりし、大へんでたらめな説を書いていた。いま宇野精一氏および和田利男氏の教えによって、訓読と注を改めた。訓読ーー屨に校(かせ)して。注ーーこの二字も「易」の語。「」はくつ。校は足かせ。「迍邅」もじもじと、靴にかせをはめられたように、「塵の中に滞る」のが、これまでのおのれであった。しかし今度はおのれも海外に留学するというのが、次の句。

このあたり漱石詩のクセモノぶりがそのまま出ている。仏語や易の語をやたらに放り込んでくるから吉川でさえも解釈できないことがある。

他には「明治百家短冊帖序」の「好句」について吉川は《この熟語、漢語の辞書にありそうで、実はない》と書いたが、実は《宋の欧陽修の「詩話」に見えることを、やはり田向竹夫氏から教示された》と。今なら割合と簡単に検索できるようにも思うが昭和四十年代ではいかに博学であってもこういうこともあった。ただし単なるポカも見える。「無題 明治四十三年九月二十二日」の「青山」について。

《青い山にはちがいないが、西郷南洲の「人間至る処青山有り」という句が、先生の心にもあり、埋骨の場所としての含意があろう。〔補訂〕注に引く句は西郷南洲のものでなく、村松文三のものと、和田利男氏よりの、またむしろ蘇東坡の獄中の詩の「是(いた)る処の青山骨を埋む可し」を引くべしと、清水茂氏よりの教示。

蘇東坡の「青山」は小生でも知っていた。吉川の補訂の潔い態度に敬意を表しつつ、専門家でさえこれなのだから生半可な素人が漢詩の解釈などするものではない(自戒)。

漱石詩とはあまり関係ないが、なるほどと思ったのは次の解説。詩注第三の「無題」五言絶句六首のうち。

 元是喪家狗
 徘徊在草原
 童児誤竹殺
 何日入吾門

最後の行の解説はこうである。

何日入吾門ーー子供にひょっくり叩き殺されてしまった犬、うちへ帰って来ることは、もはやない。

ここで連想したのが島崎藤村の詩「椰子の実」の最終行《いづれの日にか國に帰らむ》。これを「いつの日かふるさとに帰ろう」あるいは「帰れるだろうか」と現代語訳している例が多いようだが、吉川の解説からすれば、また実際問題として椰子の実が遠い島に帰れるはずはない現実から考えても「もはや故郷には帰れない」と訳すべきではないだろうかなどとフト思った(……自戒した舌の根も乾かないうちに、愚かにも)。

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by sumus2013 | 2015-08-24 20:36 | 古書日録 | Comments(0)
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