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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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二枚の写真

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葉書ほどの大きさ(16.5×10.7mm)の台紙に張られた明治の写真を二点入手した。一枚は大きな川で小舟に立ち棹を差す男。裏面は桜花の絵入り装飾とともに次の文言が印刷されている。

BICHITSU
Shashin
Hanbai
東京本郷龍岡町三六
廣福堂
写真ハ、貴顕紳士、其他、三都美人、俳優、諸芸人、付属品ハ、写真建、写真帖 額面大小各種、画ハ、油画、絹画 チヨーク画

非常に興味深い。《BICHITSU》は「美術」だろうが、この綴りは「ビチツ」? 本郷龍岡町は現在の本郷〜湯島。当時は写真店で《油画、絹画、チヨーク画》も販売していたのだった(おそらく洋画を販売する専門の画廊というものはまだ存在していなかった?)。洋画家と写真家を兼ねていた横山松三郎らが活躍した明治初期からの伝統を感じさせる。

もう一枚はこちら。今尾景年作の「泰西孔雀図」の複写。同じ題名の作品が『名家美術画帖』(太平泰三、一九〇〇年)に掲載されているので、あるいは同じ作品かもしれない(同書は国会図書館デジタルコレクションながら閲覧は館内のみ)。それならば明治三十二年頃作ということになる。

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京都市新京極通三条下ル
写真師
岡崎一直製

岡崎は京都の写真師としてはひとかどの人物だった。明治二十七年には成井頼佐らとともに同業者十数名で「四季会」(後「二李会」)を組織した。明治三十五年に北野天満宮千年祭に際して宮司吉見資胤が作製した『北野天神縁起』(絵巻の複製)を撮影している。絵画の複製を得意としていたのだろう。また大正六年発行の桑田正三郎『月の鏡』(全国写真師列伝)には現存写真師を扱った第二部に登場している。




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by sumus2013 | 2015-08-20 21:06 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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