林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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印度の奇術師

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甲賀三郎『印度の奇術師』(書肆盛林堂、二〇一五年六月一六日、表紙=茂田井武)届く。一目まず茂田井の表紙が気に入った。本書はデジタル・リプリントエディション。

《一見この本は、初版本の複写覆刻のようであるが、刊行にあたり、現在可能かぎりのデジタル処理処理のうえ、文字とびなどをデジタル象嵌、文字補正をして編集作業をおこなった。》(善渡爾宗衛)

《「印度の奇術師」は、今日の問題社 昭和十七年八月刊が獅子内俊次の最後の作品となる。初出は雑誌掲載か単行本であるか、不明である。》(同)

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昨日、梶井基次郎の「檸檬」についてややテクニックに走った感じと書いたのは次のような部分である。

《見わたすと、その檸檬の色彩はガチヤガチヤした色の階調をひつそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまつて、カーンと冴えかへつてゐた。》(「檸檬」)

ガチヤガチヤやカーンに頼っているのが気に入らない。と思ったのだが、オノマトペに頼るというのは、別に悪いことではないのかも知れないと、本日、本書『印度の奇術師』を読み始めて考え直した。

《所が、中はしーんとしてゐる。午後十時過ぎ、亭々と聳える杉林の中で、天地万物は静まり返つてゐるから、もし車の中に人がゐれば、呼吸遣ひが聞こえる筈である。然し、中はしーんとしてゐる。》(『印度の奇術師』)

二度現れる「しーん」。しーんは静寂を表わすオノマトペ(?)である。漫画でおなじみ。手塚治虫はこう言っている。

《「音でない音」を描くこともある。音ひとつしない場面に「シーン」と書くのは、じつはなにをかくそうぼくが始めたものだ。》(『マンガの描き方』光文社、一九七七年)

シーンはもちろん手塚治虫が考え出したのでないことはこの昭和十七年の『印度の奇術師』に用いられているから明らかである。漫画のなかで最初に応用したという意味なら再考を要するが。

管見では嘉村礒多「秋立つまで」(一九三〇年)の冒頭に《界隈はシインと鎭まつてゐた》と書かれているし、幸田露伴「観画談」(一九二五年)はオノマトペ中心に書かれた作品で、尾形亀之助「ある来訪者への接待」さえ連想させるが、「シーン」(岩波文庫一九九三年版による)もちゃんと登場している。もっと古いところで森田草平「煤煙」(一九〇九年)に《四邊[あたり]が森[しん]とする》ともある。《森と閑か》は漱石の「門」にも出ている。また円朝「怪談牡丹灯籠」(若林玵蔵筆記、一八八六年版)では《一瞬世間が寂[しん]と致し水の流れも止り草木も睡る》とある。

漢語には「沈沈」(シンシン、チンチン)という表現があり「水の深いさま」「静まりひっそりしたさま」「夜のふけゆくさま」「小さい音の静かに聞こえるさま」などを意味している(『字源』)。白川静『字統』によれば「沈」は本源的には人を犠牲として水底深く沈める呪術行為を示すものであったらしい。こうなると静けさも身にしみる。

オノマトペは古くて新しい、新しくて古い表現。オノマトペア(onomatopoeia)とはギリシャ語で「言葉を作る」ことを意味するそうである。そこにやや安易さが見えるような気がするのだが、ただ、効果は抜群だ。

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by sumus2013 | 2015-06-17 20:32 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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