林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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梶井基次郎小説全集

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『梶井基次郎小説全集』上下巻(作品社、一九三七年三月五日)。作品社の本はある程度集めているが、これはごく最近入手したもの。

作品社出版目録(初稿)

リストにもあるように前年の昭和十一年に函入上製本(下図)が刊行されていた。その普及版ということでシンプルな装本になっている。それがまたいい。作品社にはこういう二段構えの出版が多いようだ。

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久しぶりにあちらこちら梶井を読み返す。青春時代のなんともやりきれない焦燥感に胸がムッとするほど。例えば「ある心の風景」より「四」。テキストは作品社普及版に拠る。

喬は丸太町の橋の袂たもとから加茂磧へ下りて行つた。磧に面した家々が、其處に午後の日蔭を作つてゐた。
 護岸工事に使ふ小石が積んであつた。それは秋日の下で一種の強い匂ひをたててゐた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に轉つてゐた。そのあたりで測量の巻尺が光つていた。
 川水は荒神橋の下手で簾のやうになつて落ちてゐる。夏草の茂つた中洲の彼方で、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴つてゐた。鶺鴒が飛んでゐた。
 背を刺すやうな日表は、蔭となると流石秋の冷たさが跼つてゐた。喬は其處に腰を下した。
「人が通る、車が通る」と思つた。また、
「街では自分は苦しい」と思つた。
 川向ふの道を徒歩や車が通つてゐた。川添の公設市場。タールの樽が積んである小屋。空地では家を建てるのか人びとが働いてゐた。
 川上からは時どき風が吹いて来た。カサコソと彼の坐つてゐる前を、皺になつた新聞紙が押されて行つた。小石に阻まれ、一しきり風に堪へてゐたが、ガックリ一つ轉ると、また運ばれて行つた。
 二人の子供に一匹の犬が川上の方へ歩いて行く。犬は戻つて、ちよつとその新聞紙を嗅いでみ、また子供のあとへついて行つた。
 川の此方岸には高い欅の樹が葉を茂らせてゐる。喬たかしは風に戦いでゐるその高い梢に心は惹かれた。稍々暫らく凝視つてゐるうちに、彼の心の裡のなにかがその梢に棲り、高い氣流のなかで小さい葉と共に揺れ青い枝と共に撓んでゐるのが感じられた。
「ああこの氣持」と喬は思つた。「視みること、それはもうなにか[三字傍点]なのだ。自分の魂の一部分或ひは全部がそれに乗り移ることなのだ」
 喬はそんなことを思つた。毎夜のやうに彼の坐る窓邊、その誘惑――病鬱や生活の苦澁が鎮められ、ある距りをおいて眺められるものとなる心の不思議が、此處の高い欅の梢にも感じられるのだつた。
「街では自分は苦しい」
 北には加茂の森が赤い鳥居を點じてゐた。その上に遠い山々は累つて見える。比叡山――それを背景にして、紡績工場の煙突が煙を立登らせてゐた。赤煉瓦れんがの建物。ポスト。荒神橋には自転車が通り、パラソルや馬力が動いてゐた。日蔭は磧に伸び、物賣りのラッパが鳴つてゐた。

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黄変した新聞の切り抜きが挟まれていた。朝日新聞の「一冊の本〈236〉小島信夫」。梶井基次郎小説全集を取り上げている。東大生だった小島は中村真一郎に黄色い布張りの梶井基次郎全集(六蜂書房、一九三四年)を見せた……

《あれは本郷の大学に入りたてのころだった。それまで私が座右においていたのは、作品社刊、普及版の梶井基全集二巻であった。しかしこの二巻にはない文章がはいっていたのと、梶井の写真や筆跡がのっていたので、この豪華本の古本を神田で四円五十銭で手に入れ、喜んでいたのだろう、と思う。》

一高のとき友人の沢木譲次に《武蔵野書院(?)から出ていた普及版ふうの『檸檬』(れもん)》を見せられすっかり傾倒してしまった。《普及版ふうの『檸檬』》とは武蔵野書院・稲光堂が昭和八年に出した『檸檬』だろうか?

《しばらくして(昭和十二年三月)作品社から二巻本が出た。
 フランスふうの軽装本でコットンふうの紙質のものだった。私はこの本と心中したいような気持になった。》

《実は、この作品社刊の普及版の紙と梶井の小説とが、切りはなすことが出来ないようにピッタリと合っていて、それ以前、それ以後のほかのどの本を見ても、それだけの効果はあげていない、ということをいいたいのだ。これは私だけの感想だろうか。》

小島信夫のこの感想は貴重である。そのくらいこの本を愛した青年がいた。梶井の作風とこの装幀がピッタリかどうか、作品社の普及版の多くはこのシンプルな装幀なので、作品社本に詳しくなると、単純にそうは思えなくなる。しかし小島の意見を作品社を切り盛りしていた小野松二が聞いたら、きっと言葉を詰まらせるのではないかと夢想したりもする。


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by sumus2013 | 2015-06-15 20:54 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by monsieurk at 2015-06-16 10:03
偶然、同じ昨6月15日に、以前ご恵贈にあずかった、高桐書院版「決定版 梶井基次郎全集」の予約パンプレッとのことをブログに書きました。発行人となった淀野隆三の努力ですが、24年に同書院は倒産。全三巻の予定が二巻で中断したのですね。柏倉
Commented by sumus2013 at 2015-06-16 19:49
驚きました! 淀野隆三のこと書いて下さって嬉しい限りです。淀野の梶井を世に出したいという熱意は非常に強かったようです。
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