林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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霜蟹その他

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中川一政装幀のつづき。高浜虚子『霜蟹』(新聲閣、一九四二年)の表紙。ある古本屋さんがわざわざ台紙に貼って送ってくれた。「こういうの好きでしょ?」「好きです」。『霜蟹』には洋紙本の他に和紙特製本があり、後者にはそこそこいい値段が付いている。蟹さんだけでもちょっと渋い額に入れて飾りたいな…と思った、が、そのまま櫃底に眠って何年にもなる。やっとふたたび陽の目を見た。


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「俳優座パンフレット『中橋公館』」(劇場通信社、一九四七年五月一日)。真船豊原作。原作単行本(櫻井書店、一九四六年)は青山二郎の装幀だ。


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『国民演劇』第一年第九号(牧野書店、一九三一年一一月一日)。


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『囲碁春秋』第九号(岩谷書店、一九四八年一一月二〇日)。初期『詩学』の版元・岩谷書店は囲碁雑誌も出していたのか!

本誌に「GIと東洋的微笑」という一ページのコントがある。これが昭和二十三年頃の風景として興味深い。三人の先生(棋士のこと)が日本棋院を出たのは夏の夕暮れ時だった。ここで言う日本棋院は昭和二十三年に港区高輪に再建された本部を指すのだろう(昭和四十六年に現在地市ヶ谷に移転している)。三人の先生は酔っ払いのGI(アメリカ軍人の俗称……俗称だったんですね)にからまれる。

《この詩情豊かな夕暮の一刻を三分も歩いたでせうか、三先生は突如「ヘイジョー」なる余り聞き慣れぬ一語によつて、我にかへりました。ハツとして前を見ると何時の間に現れたのかあちらの兵隊さんが一人眼の先に立つてゐるではありませんか。三先生が一通りびつくりし終つて、更にその兵隊さんを仔細に点検すると、この兵隊さんは一杯きこしめして人生が大いに楽しくなつてゐることが判りましたこんな際如何に処すべきかは終戦後引続き生存を継続してゐる日本人なら当然心得てゐる筈です。で三先生はニツコリ笑つたのです。つまりラフカデヨ・ハーンがいみじくも「オリエンタルスマイル」と名づけたかの日本的含蓄に富む微笑を。》

……とまだこの後もドタバタが続くがそれは省略。「ヘイジョー」というのがいかにも占領下という感じ。「ジョー Joe」はアメリカ白人が黒人を呼ぶときに使う。ジョーは名前であって名前でない。アジア人全般に対しては普通グーク gook というようだが、このGIがジャップとは言わずジョーと言ったのはあるいは友好的に呼び掛けたのかもしれない(?)。

ついでに人種対抗の蔑称といえば、黒人は白人のことをウィリー、メキシコ人は白人のことをグリンゴ、ハワイ原住民は米本土の白人のことをハオリーと呼ぶそうだ。またメキシコ人はスペイン人のことをガチュピンと呼ぶ。ガチャピンって!(もちろん時代とともに変っているとは思いますが)

『ドン・キホーテ』には村々がそれぞれ蔑称でののしりあうことを諷したくだりがあるが、トレード人は「なすび作り」、マドリード人は「ぐじらわらんべ」、セビーリャ人は「石鹸づくり」などと呼ばれたそうだ(会田由訳)。やれやれ。

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by sumus2013 | 2015-06-12 21:01 | 古書日録 | Comments(0)
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