林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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河岸の古本屋

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本棚の整理をしている。今回は思い切って文庫本を大方処分してグッと数を減らすつもりだが、昔買った本ほど線引きがあったりして(ということは読んでいるのだ。まったく記憶に無いけど……)、古書としても流通できそうにない本が多いのに閉口している。もともと安いボロ本しか買ってないし。(七月のメリーゴーランド京都では例によって、いや例年以上に大放出しますので御期待ください)

村松剛『評伝アンドレ・マルロオ』(中公文庫、一九八九年九月一〇日)。この本にも最初の方に何箇所か鉛筆の線が見えた。チェッと舌打ちして、消しゴムを取り上げたのだが、印をつけたところを読んでみるとなるほど面白い。ただしそこにしかマークはなかった。他は読んでいないようだ。

マルロオはパリのエコール・デュ・テュルゴ(高卒というより中卒くらいの感じだろう。後年のマルロオは一流高校のリセ・コンドルセを卒業したと詐称していたそうだ)を一九一八年に卒業。本屋で働いていた。【引用文では例によって改行を一行アキに変えた】

《マルロオは小さな本屋に働き口を見つけた。本屋はマドレーヌ広場の、マドレーヌ寺院に向かって左手にあって、主人の名をルネ=ルイ・ドワイヨンという。

 ドワイヨンは一九一七年の末から、稀覯本や高級文学書専門の貸本屋を経営していたが、のちに稀覯本の復刻、出版を思いたった。そのためには、稀覯本をさがし出してくる助手が必用である。その助手として雇われたのが、マルロオだった。

 そのころマルロオは、セイヌ河の反対がわの、ラスパイユ通りに面するアパルトマン(オテル・リュテシア)に住んでいた。彼は朝、家を出てパリの本屋を歩きまわる(セイヌ河の露店の古本屋を歩くときには、ここの店開きは遅いから午後になった)。十一時にドワイヨンの店にあらわれ、調査結果を報告し、代金と報酬とを請求し、翌日まで姿を消す。

《貧乏な、第一次大戦の戦後派青年である。ルネ=ルイ・ドワイヨンは、この助手の有能さによろこんでいた。青年の事務的な態度や、冷たい皮肉な表情には閉口したらしい。それでも話をしているうちに、次第にうちとけてきた。彼は本の出版のほかに、一九二〇年の春から新しい文学世代にねらいをつけた月刊雑誌を刊行することにしてた。その雑誌に、何か書いてみないかと、ドワイヨンはマルロオにいった。雑誌の名は「ラ・コネッサンス」である。

この後マルロオはダダ世代の弟分として活躍を始めるのだが、詳しくは本書をご参照あれ。

もう一冊、アナトール・フランス『シルヴェストル・ボナールの罪』(伊吹武彦訳、岩波文庫、一九七五年七月一六日)にも線引きがあった。昔の小生は本文の文章に沿って線引き(傍線)することはせず、天のマージンに行頭をつなぐような横線を引く、あるいは山形線、または一本線をピッと行頭から上に引く、といったようなマーキングをしていた。だから消すのは割と簡単だし本文には消しゴムがほとんどかからない。しかし数が多いと、なんでこんなにチェックしたんだろう! とわがことながら舌打ちが出る。『シルヴェストル・ボナールの罪』は何箇所もあるので消すのは諦めた。なお現在は九分九厘線引きや書き込みはしない(読み潰しのつもりでかかる本だけ)。

《あらゆるものに限りない柔らかさを与えるほのかな灰色の朝、私は窓越しにセーヌ河やその河岸通りを眺めるのが好きである。かつて私はナポリの入江に澄み切った光をなげる紺青の空を見たことがある。しかしわがパリの空にはもっといのちが、情けが、霊が通っている。パリの空は人の目のようにあるいは笑い、あるいは脅かし、あるいは愛撫し、あるいは悲しみあるいは喜ぶ。》

《古本屋が手すりの上に古本の箱をおく。上っ張りを風になびかせ、いつも家のそとに暮らしているこの善良な精神のあきんだたちは、雨露風雪にきたえられて、ついには大寺院の古い石像そっくりになってしまう。これはみんな私の知り合いである。私はこの人たちの箱の前を通るごとに、ないとは夢にも知らなかったのにしかも今まで蔵書にはなかった古本をたいてい何かしら抜いてくる。》

《ところが情熱はやはり私を悩ましている。世に忘れられた一僧侶の筆になる数ページ、ペーター・シェーファーの名もない徒弟が刷りあげた数ページのために眠られぬ夜が幾夜かあった。もしこのうるわしい熱情が私のなかに消えて行けば、それは私自身が次第に消えて行くことになる。われわれの情熱はわれわれ自身である。私の本は私である。私は古本のように老いしなびている。》

あるいは

《私にとってこの世界には言葉のほか何もないほど私は語学にこりかたまっている。人間はそれぞれ買ってに人生の夢を見るものである。私は書斎のなかで人生の夢を見てきた。いよいよこの世を去るべき時が来たら、どうか本をならべた書棚の前の梯子の上で死なせていただきたいものである。》

伊吹武彦の翻訳はじつに調子がいい。一説によれば伊吹はまったく辞書を開かず、自分の原稿を書くようにスラスラ翻訳していったと言われている。正確かどうかは原文と較べなければ分らないが、日本語で読む分には心地よい筆致である。原文で読んでみたくなった。

なお「古本屋が手すりの上に古本の箱をおく」とあるのは昔は毎朝古本を運んできていたため。現在は常設の緑色の箱が置かれている。また最後の引用にある「書棚の前の梯子」とは以前紹介した平凡社ライブラリーの表紙絵のようなものだろうか。

鶴ヶ谷真一『増補書を読んで羊を失う』



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by sumus2013 | 2015-06-05 21:34 | 古書日録 | Comments(0)
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