林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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新宿駅

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郵便はかき「新宿駅」(『主婦之友』第十六巻第九号付録、一九三二年九月一日)。説明文にいわく

《新宿駅は、震災後の新宿界隈の発展に応じて、つい二三年前に新築されたものですが、今日では既に狭隘を感じるようになり、大新宿駅改築のことが、計画されてゐるさうであります。現在では新宿駅が一日に呑吐する乗降客は、東京駅よりも上野駅よりも大阪駅よりも断然多く、日本一の数字を示してゐます。》

『新宿駅八十年のあゆみ』(オリコミ、一九六四年)によれば昭和五年当時における新宿駅の一日平均乗降客は十八万四千七百人(中央線、山手線、小田原急行電車、信州・甲府からの乗客を合わせる、『東京日日新聞』昭和五年六月二日の記事による)。ただしウィキ「新宿駅」の東京府統計によれば昭和五年度は国鉄と小田急を合わせても86755人。

《2013年度の各社局における1日平均乗降人員を合算した値は約335万人となり、日本のみならず世界一の乗降人員を誇る駅である。ただし、この値は京王新線・都営新宿線間の相互直通人員、および都営地下鉄線間の乗換人員を含んだ値である。開業当初の乗車人員が1日平均36人であることから(降車人員が同じ36人と仮定すると)約5万倍にまで膨れ上がった計算になる。

2008年に副都心線が開業した影響で、一部の旅客が新宿三丁目駅に分散されたため、2007年度をピークにJR東日本および東京メトロを中心として利用客数は減少傾向にある。》(ウィキ)

その新宿駅も明治十八年三月一日に日鉄(日本鉄道会社)の品川線(赤羽〜品川)の営業とともに開業したときには一日平均の乗降客はたったの三十六人だったとは、まるで田舎の駅だった。新宿停車場の図。

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時代が不明だが、同書より「昔の新宿駅ホームの売店」
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そして次はやはり同書より「大正14年5月1日新築の国鉄新宿駅」。建物が奇麗に塗装されているのが目立つ。というのは最初の昭和七年の写真ではすでに建物がかなり汚れている。《つい二三年前》ではなく、正しくは丸六年前に新築されたものだった。昭和七年のバスは省営バスのようだ。説明文にある大新宿駅改築》は昭和八年に開始され昭和九年に竣工した。下はおそらくその頃の写真であろうか。昭和二十年に戦災を受けたが昭和三十七年に取り壊されるまで持ちこたえた。

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武蔵野美術大学は中央線国分寺から西武線で鷹ノ台下車。在学中はそこに下宿していた。ということで学生時代には新宿がもっとも身近な繁華街だった。映画は武蔵野館も含めたいてい新宿で見たし、新宿将棋センターにもけっこう通った。歌舞伎町に実家のある友人もできたし。その次に親しいのは上野駅、すなわち美術館・博物館通い。次が池袋か。西武美術館ができてからだが。そして帰郷上京の玄関である東京駅。当時(一九七〇年代後半)は御茶ノ水辺りもよくは知らなかった。卒業して阿佐ヶ谷にしばらく住んでいたころからおりにふれ神田をぶらつくようになった。むろんまだ美術雑誌のバックナンバーや安い図録を探すだけの古本初心者だったのだが……。


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by sumus2013 | 2015-06-04 21:04 | 古書日録 | Comments(0)
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