林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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男と女

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月の輪さんの話題が出たので『
月の輪書林古書目録十七 宙ぶらりんがすきだ 特集・ぼくの青山光二』で杉山平一さんの葉書以外に買ったものを遅ればせながら紹介しておく。洲之内徹が寄稿している雑誌五冊。『中央公論』二冊、『青柳』(愛媛県立松山東高等学校生徒会誌)二冊、そして『文學草紙』66号(文學草紙社、一九六八年五月一日、表紙=鳥海青児)。

『青柳』はちょっと珍しいかもしれない。洲之内が松山東高の校歌を作詞した(作曲は近衛秀麿)。その校歌と校歌にまつわるエッセイがそれぞれに収められている。大江健三郎が同校出身で、洲之内が大江に会ったとき、洲之内作詞の校歌を歌ったと話したそうだ。

ここでは『文學草紙』掲載の「男と女」という短文を引用しておく。この雑誌には気まぐれエッセイに登場する原奎一郎や、他に古谷綱武、富永次郎の名前がある。表紙の鳥海青児は洲之内の手配であろう。

《大森に住むようになって、数えてみると、今年で十七年目である。はじめの五年ほどは山王の清浦坂を上ったあたりのアパートにいて、それから鉄道の反対側の、いまの入新井に移った。
 移ってからは、都心へ出るには京浜急行だが、山王のときには国電であった。その、国電の大森駅で乗り降りしていた数年間に、そこで二度、飛び込み自殺にぶつかった。
 はじめのときは、ホームから飛びこみのあったあとへ、私が階段を降りて行った。屍体は線路脇へ片づけて莚が掛けてあった。自殺者は穿きものをぬいで飛びこむものだそうだが、その男も靴をぬいで飛びこんだのか、それとも電車に轢かれたときにぬげたのか、莚の端から、靴下の足がニュッと出ていた。靴下が強い力で踵のほうへひっぱられて、先が破れて、五本の指が突き出ていた。その指の股から蹠へ、ひと筋血が流れていた。
 二度目は、川崎のほうから私の乗って帰ってきた電車が、大森駅のホームへ入るところで人を轢いた。ガタンと音がして、電車が急にとまり、とまった電車の脇を、後ろのほうから前へ駆け抜けて行く足音が聞こえた。そのうちに、こんどは前のほうから、
「轢いた」
 という声が、乗客たちの口から口を伝わってきた。すると誰かが、
「男か、女か」
 と言いながら、窓をあけて首を出した。続いて、あちらでもこちらでも、バタバタと窓があいた。
 こういうときに、とっさに、男か女かという問いが出るということが、私はなんともふしぎな気がしたが、そのせいか、そのときのその声を、私はいつまでも忘れることができず、折おり思いだす。
 考えてみると、人間などというものはいないので、実際には、男か女かの、どちらかしかいないわけである。》

以上全文。

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by sumus2013 | 2015-05-23 19:47 | 古書日録 | Comments(3)
Commented by 某氏です。 at 2015-05-23 23:34 x
ご無沙汰しています。洲之内徹ですが、俳人の石田波郷と旧制松山中学校(現・松山東高等学校)でまったくの同級のはずで、しかし、この二人について何らかのやりとりが在学中あるいは卒業後あったかどうかがどうにもわかりません。まあ、一学年の定員がどれくらいだったかもわかりませんので、交流がなくても特に不思議ということではないのでしょうが。
Commented by sumus2013 at 2015-05-24 08:31
石田波郷は「絵のなかの散歩」に登場します。《同級生に石田波郷がいたりするにも拘らず、俳句のことはなんにもわからず》と書いていますので深い付き合いはなかったのでしょう。『青柳』に松山中学の昭和三年の生徒数は1200ほどで、県下の優秀な生徒が集まっていたとあります。
Commented by 某氏です。 at 2015-05-24 10:11 x
おはようございます。「絵のなかの散歩」にありましたか。ご教示ありがとうございます。
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