林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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日本文学全集吉田健一

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『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集20 吉田健一』(河出書房新社、二〇一五年五月三〇日、装幀=佐々木暁、帯装画=林哲夫)。三月に吉田健一の本を探していたのはこの装画のためだった。とは言え、御覧の通りここに吉田健一の本は三冊しか描いていないし、どれがどの本だかはっきり分らない程度の描き方である。

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池澤氏は、これまでのエッセイ中心のアンソロジーではなく、その評論を最も高く評価した吉田健一観をここにはっきり示した。「文学の楽しみ」と「ヨオロッパの世紀末」という長大な論文をドカーンと据えてみせた。全550頁のうち364頁までがこれら二篇の論文で占められている。およそ七割に近い紙数を費やしていることになる。上の装画はこの二本の論文を念頭に描いたものだった。

「文学の楽しみ」はまさに文学の楽しみであって、クラクラするような文学的蘊蓄をトランプ手品のように披露する手さばき、その表現力の巧みさ、そして先日紹介したような原文からかなり自由に飛翔した吉田健一流の抄訳(訳ではないと本人は断っている)の数々、これがある意味読みどころにもなっている。

そしてさらに吉田健一の本質がよく現れているのが「ヨオロッパの世紀末」だろう。世紀末(十九世紀末)を考察するに当って吉田はまず十八世紀をヨオロッパが完成した時代だと定義する。ここに最上のヨーロッパ精神を見るのである。

ヨオロッパの十八世紀というものが優雅であるのはこの時代に至ってヨオロッパ人が自分をヨオロッパ人と見做し、ヨオロッパを自分の生活の場所と考えるのに馴れてこの意識に即して文明の域に達したからで、これがヨオロッパが確実にヨオロッパになったことであるのはその文明ということで証拠立てることが出来る。》(p197)

《もし革命というものも何かそれまでにあったものに頼らなければ全く立場がなくなるであるならば、この時代の後に来たフランス革命で自由ということがその合い言葉の一つに選ばれたのは解ることで、その自由というのがこの時代の性格を一番よく示しているかも知れない。例えばこの時代には身分から来る差別というものがなくて、それは貴族だから別に毛嫌いすることはないだろうというところまで徹底した差別のなさだった。》(p209)

この逆説に吉田健一の真骨頂を見る思いがする。日本でも徳川時代はこうだったと言い張ることは容易いだろう。フランス革命の前と後との「自由」をつなげてみせたところがミソである。だから必然的に、自由・平等・博愛の勝利、すなわちフランス革命はヨオロッパがヨオロッパでなくなることことにその面目を賭けた跡が窺える》(p228)となるわけだ。革命後における科学の発展と世界への展開に熱心な十九世紀ヨーロッパは要するに十八世紀的な優雅なヨーロッパを破壊した野蛮な時代であった。

《十八世紀のヨオロッパにも優雅とそれが意味する一種の快楽主義に彩られた諦めが見られるが、それは一つの文明の頂上にあって人間の条件とも言うべきものを意識しての諦念であり、これがあって文明の程度が解るようなものである。それは人間が自由に考えて達する境地であって、これと同時に十八世紀ヨオロッパは美の存在を認め、進歩を信じ、諦めを伴う他ない人間の条件を肯定していた。しかし十九世紀になってヨオロッパが世界にその実力を示したことはその崩壊でもあり》(p332)

そしてまた、われわれ日本人はその野蛮なヨオロッパならざるヨオロッパの思考でもってヨオロッパを認識することになる……という指摘も重要だが、長くなるので省略して(本書で読んでいただければ何より)結論だけ書いてしまうと、吉田は世紀末の頽廃芸術をこのように断定している。

《すべてこの種類のことが行われる時に人間は息を吹き返し、精神を平静に働かせる余裕を取り戻して自然の状態に戻る。ヨオロッパの世紀末の頽廃はこの健康を目指し、これを回復して我々に伝えたのである。》(p360)

頽廃が健康を目指していた! 病気は健康を欲しているというわけか、なるほどそれは納得できるかもしれない。吉田健一のこの世紀末論にどれほどの分があるのか愚生などには判断のしようもないし、十八世紀がそんな理想的は時代だとはとても思えないけれど、論理の跳躍にはただただ感心しながら読み終えた。小林秀雄に対する対抗意識(というほどでもないかもしれないが)もほの見える気がする。とにかく読んで楽しい論文であることは保証しよう。

これらの他にもお馴染みの「銀座界隈」、「石川淳」、「酒談義」や「酒宴」、「シェイクスピア詩集十四行詩抄」まで吉田健一の醍醐味を一冊で堪能できる仕上がり。拙作で帯を飾らせてもらえたのはまさに僥倖である。


日本文学全集 河出書房新社

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by sumus2013 | 2015-05-08 17:15 | 装幀=林哲夫 | Comments(0)
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