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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


果樹園まで

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江口節詩集『果樹園まで』(コールサック社、二〇一五年四月二一日)を頂戴した。江口さんは未知の詩人だったのだが、FBで友達になったので(詩人の友達が何人かいて友達の友達は友達だということで)最新の詩集を下さったのである。さっそく拝読した(頂戴した本はできるだけその場で読む、そうしないとすぐに積んどくになってしまう)。実力派のずっしりとした読後感だ。書名のように果実をうたった作品が多い。なかでは「蜜柑」が好きなのだが、ここでは
寺島珠雄さんの死について書かれた一篇を取り上げたい。全文引用させてもらう。


 うかうかと

まるで拒食症ですね 早い回復を祈ります
うかうかと
返信に書いてしまったのである

食にこだわる人が
黒飴常備 アイスクリーム不可欠
それ以外食べる気がなくなった
とあったので

七百枚の書き下ろし原稿に根を詰めたせい
との本人分析を信じて疑わなかった
ギロリ と底まで見通しそうな眼光が
いよいよ強くなりこそすれ

そんなに早いとは思わなかった

それからたった二ヶ月後
訃報

うかうかと
死を見過ごしてきた
ことばかり思い出される あのときも
あのときも あのときも

人が死ぬたびに
なさけなくて くやしくて ぶざまで
じっとしていられない

どんな顔で見下ろしているのやら
入道雲のてっぺんに腰かける人の影があって
うかうかと
夏の真中である

(一九九九年七月二十一日 寺島珠雄さん死去)


七百枚の書き下ろし原稿》は『南天堂』(皓星社、一九九九年)のこと。これはちょっと不思議な感じだった。先日ふと思い立って郷里の本棚から寺島さんの詩集二冊(二冊しか持っていないのだが)を京都へ持ち帰っていたからだ。『酒食年表第三1998』(エンプティ、一九九八年四月二〇日)と『断景』(浮遊社、一九八六年八月五日)。前者は寺島さんから送られたもの。後者は寺島さん歿後に古書として求めた。浮遊社は中西徹さんの版元。『酒食』には尼崎での被災体験も記録されているが、江口さんも書いておられるように「食」にこだわりのある作品がとくに印象に残る。


 茗荷の朝

やっこ豆腐(もちろん木綿)の皿に茗荷を敷いた。
ぱらっと姿なりの刻みで水切りに。

茄子の塩もみ 塩を流して小鉢盛りして
小口刻みの茗荷を散らして一味唐辛子を振った。

めしは茗荷めしにした。
某店のそばつゆを酒(酔心)と水で割って炊く
電気釜が保温になったら茗荷を加えて適当に待つ。

みそ汁は 昨夜から冷やしておいた茗荷汁。
そしてこれが話の肝心なんだが
八月一日に冷蔵庫が故障した。
メーカー派遣修理員による回復が八月五日夕刻。
よってもって わが七十歳自祝 オール茗荷仕立ては八月
 七日第一食と二日の繰り延べになっている。
なさけ無いがきのうは日曜で
買っといた鰹の今朝皮造り なんてことはできない。
で いきなり変って広島三次[みよし]の鮎うるかを豆腐にのせて食
 う 伊豆の島の飛魚くさやも食う。

 ーー君の生れたのは八月五日のまだ暗くはならない夕方
 で、それまではたしかに晴れた日であったと思うのです
 が恰度君の生れる前から烈しい電光雷鳴がキラメキ轟い
 たのをよく覚えています(略)酒屋の、頑丈な倉庫のよ
 うな木造の空間がきみの生れたところでした……

兄の十二年前のはがきの一節 東京の二階借りで電光雷鳴
 の話はおふくろにも聞かされたが
去年兄が死んだから もう言う者なしだ 兄は六歳年長。
俺一人が俺の出生情況を想像しながら茗荷の献立てをたの
 しむ顔をこしらえている(実際に美味でもある)。

名命 の表書きでものものしげに畳まれた紙も兄が送って
 よこしたままある 当時の父の師匠の字。
命名ではありませんか 名付親 八字髭の〈剣聖〉さんよ
校正屋としては思うがいまさら朱を入れてどうなろう。
畳みこまれた臍の緒にも朱を入れて生き直しを企むか。

茗荷は〈あの夏〉 一九四五年の多分八月二十七日朝から
 よく食った。
露を帯びたのを採って来て娑婆の匂いを噛んだ。

途中が抜けて(忘れて)
この十年 いや十五年くらいか また食いしきって
今朝はとりわけての茗荷 茗荷 茗荷。

忘れたいことが溜りきった七十かなあ
ただ食い意地ばかりの七十かなあ
朝からすこし酒ものむ。

            95・8・7


文中《くさや》には傍点がある。寺島さんは朝風呂が好きで、神戸の地震のときにも風呂に出ていて助かった、大量の本や資料が積み上げられた部屋で寝ていれば命は無かっただろうという。街の草さんの自宅のすぐ近所に住んでおられたそうで、その話は街の草さんから聞いた(御本人も書いておられるが)。寺島さんに一度会っておきたかった。当時はいつでも会えるような気がしていたものだが……。

それにしても寺島さん、暑い盛りに生まれて、暑い盛りに亡くなったのだなあ。


寺島珠雄の部屋


by sumus2013 | 2015-04-28 21:05 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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