林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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狛犬誕生

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塩見一仁『狛犬誕生』(澪標、二〇一四年一一月一〇日、装幀=高橋善丸)。狛犬といえば神社にはつきものだが、さて、どうしてこのような獣らしきものが神前に控えているか? その狛犬の来た道、コマイヌ・ロードをその起点(トルコ中部チャタル・ヒュユク遺跡)から懇切丁寧に辿って検証した労作。

《神社の社頭や参道の入り口に鎮座する狛犬のことが、ずっと気になっていた。寺院の山門に置かれた狛犬に初めて気がついた時は、すばらしい発見をしたように思った。この狛犬たちはいったいどこから来たのだろう、そんな素朴な疑問を解明しようとしたのが、本書の書き始めだった。》(あとがき)

それが三十年前のことだというから、塩見氏もそうとう執念の深い御方だ。必然的に非常に広範となった本書の内容をかいつまんで紹介することは不可能。よって目からウロコの事柄をふたつ紹介する。その一、狛犬は一対で神前に配置されているが、その二体がよく似ていながらそれぞれ違った特長をもつことを御存知だろうか? 仁王の阿形・吽形と同じように。そして古くは「獅子・狛犬」という一対をなしていた。

《仏教が伝来したときに日本に伝わったと思われる獅子は、仏の守護獣として左右一対の形をとることがすでに定着していた。伎楽や舞楽という、中国やさらにその西方にルーツを持つ芸能の中にも、王獣である獅子が取り込まれ、一対の仮面や一対の獅子舞が成立していった。そしてその左右一対の獅子を区別するために、一方の獅子の頭上に、本来はないはずの一角を設けるというようなことが行われたのかもしれない。もちろんその背景には、中国の霊獣で墳墓の守護獣にもなった「麒麟」や「辟邪」という魔除けの神獣の影響があったことは間違いないだろう。》

ここで五世紀、洛陽において釈迦の降誕祭に行われる行列の先導を「辟邪・師子」が務めたことを示す文献を引用してこう続ける。

《これは法隆寺聖霊会の行列とたいへんよく似ている。一角の獅子頭を「狛犬」と考えれば、中国での辟邪・師子」という一対の組み合わせが、わが国の「狛犬・獅子」という組み合わせに変っていった可能性が十分に考えられるのである。

以下の二枚の写真は小生が郷里の白鳥神社で撮影した狛犬。最初の一体は社殿に向かった右側にあり阿形でたてがみがカールし耳が寝ている。下二枚目のこれと対になる狛犬は吽形でストレートヘアーで耳が立っている。

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残念ながら台座には何も彫られておらず(よく調べたわけではありません)年代を特定できないのだが、このどっしりとしてシンプルな細部の造りからそれなりに古いものと思われる。これは参道の途中に置かれているが、鳥居の前に置かれた別の一対もある。こちらの台座には寛政十年戌午九月奉献、嘉永三年庚戌九月改造再献とある。一七九八年と一八五〇年。吽形の方はかなり傷みが激しいので寛政十年に奉納された状態に近いのだろうと思う。
 
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その二。こういった狛犬が神社に奉納されることは近世に始まったという。塩見氏は小寺慶昭「教材としての狛犬研究(一)」から全国一一五三九社の狛犬を調査し八一九〇対の寄進年を集計した数字を引用している。

《この表を見ると、神社への寄進が増え出すのは十八世紀の後半からで、とりわけ寛政年間から後は、幕末までずっと増加し続ける。中でも文化・文政から天保年間の増加はとりわけ著しい。狛犬の寄進数の変化は、同じ近畿地方でも府県によって異なるが、特に大阪府において、この傾向が強く見られる。このように、江戸中期から寄進数が増加していくいちばんの原因は、やはり寄進者である商人の経済力が大きく成長したことであろう。》

実例に照らしてなるほどと思う。本書のせいで、いやおかげで、今後も狛犬の前に立ち止まる日々が続くような気がしている。


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by sumus2013 | 2015-03-22 10:23 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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