林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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古本河岸から

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『古本河岸から』No.8(吉田悦之、一九八八年一〇月一〇日、版画=畑農照雄)およびNo.10(一九八八年一二月二四日)を某氏より頂戴した。B4両面印刷を三枚重ねでB5十二頁の冊子にしてある。綴じはない。どうやら月刊らしい。発行人の吉田悦之氏は

プロフィール:1957年、三重県松阪市生まれ。1980年、國學院大学文学部卒業。財団法人鈴屋遺跡保存会・本居宣長記念館館長。著作に『2001年宣長探し』

という人物である。仕事柄もあるのだろうが、相当な古本通のようだ。八号の記事は安西勝「よしなし草」、小島瓔禮(よしゆき)「秋葉文庫のこと」、岩切信一郎「古書日渉」、そして「後記」。小島氏(民俗学者、琉球大教授)が秋葉文庫(三重町の町長も務めた蔵書家・伊東東のライブラリー)について書いておられるなかに次のような文章があって共感した。

《われわれが一人の人の蔵書に興味を抱くのは、研究者あるいは文筆家にとって、蔵書とは、自筆であるか印刷であるかを問わず、その人の体の一部分だからである。血や肉に相当する知性の倉庫である。脳細胞の一種といったほうがよいかもしれない。蔵書は業績の一部であると私は考えている。》

《深い研究をするためには、自分の蔵書だけで用が足りるものではない。しかし、精密な作業をしようとおもえばおもうほど、手元に書物が必要になる。結局、自分の仕事に必要な本を集めて、家に積みあげることになる。その人の業績と蔵書とは、一枚の紙の表と裏のようなものである。》

……たしかに。研究においても「持っているもの勝ち」が真理である。持っているべきは書物なり資料なりであって、結局は「丸いものや四角いもの」に帰着する。「深い研究をするためには」どうしてもそうなる。これに関して岩切氏の「古書日渉」にこういうくだりがあった。

《和本古書の老舗朝倉屋、さすが和綴の書物ばかりである。確かに喉から手が出るほどほしいものもあるが手に取って見せてもらうしかない。いいお値段である。》《買うとしても一冊を丹念に調べて、それだけで予算をはるかにオーバーすることになる。もう一つの和本、肉筆錦絵の老舗文行堂、軸ものと短冊を見せてもらうのを楽しみにしている。珍品もあったが一万〜七万、八万では手が出ない。ボーナス前だけに悔しさは募る。》

第十号の記事は悳俊彦(いさおとしひこ)「先物買いと掘り出し自慢」、山田俊幸「古書日渉」。山田先生こんなところにも書いておられたか。京都古書古美術店というくだりが面白い。繁華街から外れた古本屋(この店がどこなのかは書かれていない、あそこかまたは……?)。同行者は吉田氏である。

《京都の古本屋に山東京伝の絵や宣長の短冊があるから見にゆこうということになった。》《京伝の方はしばらく捜したが、どこかにいってしまったとのこと、宣長は昨日発送しましたと言っていたのに、京伝を捜しているうちに出てきましたと出してきた。宣長は同行者の方なので、そちらに渡す。彼は手にとってしばらくながめていたが、有り難うございましたといって返していた。彼は数冊の本を買い、私は何も手にせずその店をでた。
歩きながら、短冊について聞いてみると、字は似てますが、短冊の幅が少々狭いですね、でも買っていたら本物になったでしょうね。と妙なことを言う。つまりは、本物かどうかは、本人の思い入れが決めるということだろうか。いずれにしても、その短冊が本物だろうが贋物だろうが、本当に欲しいと思わなかったということらしい。こうした潔さは岩切君にもある。目ききの条件の一つだろう。因みに値段は八千円だった。》

吉田氏の註記によればこの宣長の短冊はたぶん《宣長の不出来品と間違えられるかもしれない贋物》だそうだ。

やっぱりこういう紙の手作り冊子がいいなあ……とブログをずっと続けていると思ってしまう。






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by sumus2013 | 2015-03-06 21:31 | 古書日録 | Comments(0)
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