林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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日本の紙

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寿岳文章『日本の紙』(大八洲出版、一九四六年四月一〇日訂正再版)を頂戴した。初版は昭和十九年二月十日となっている。大八洲出版は戦時中の企業合同でできた出版社(代表=柳原喜兵衛)で、奥付に「発行権所有者」として靖文社の南方靖一郎の名前が出ているように元は靖文社から発行されていた。

靖文社
http://sumus.exblog.jp/8599677/


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カバー表4側には版元名がそのまま残っている。

《いくさは書物のいちばんひどい敵だ、と言われてゐるが、そのことをこのたびのいくさはほねみにこたへさせた。南方氏も紙型をすべて焼き失ひ、ここに新しく歩みをふみだす。「日本の紙」も版を組みかへることになつた。》(あとがき)

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表1


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表4

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まず冒頭から和紙のヨーロッパへの伝播が述べられている。そこからいくつか引用してみる。

《イギリスの名だかい日記家に、ジョン=イーヴリンと言ふのがある。その日記の、一六六四年六月二十六日のところを見ると、『耶蘇会士のトムスンが、たいそうめづらしいものを、いろいろと見せてくれた。》《その「めづらしいものいろいろ」の中には、『ヴェルラム卿が「新アトランティス」において述べてゐるやうな紙』も数へられてゐる。》

言うまでもなく「新アトランティス」はフランシス・ベーコンのユートピア小説。その描写はいくらか日本を手本にしたともいう。

当然ながら日本との貿易を独占したオランダが和紙をヨーロッパへ伝えるのに大きな役割を果たした。

《レンブラントは、日本の紙の美しさと、持ちまへの気だてとを見きはめ、エッチングに、スケッチに、いちはやく和紙を使つた、と言ふ。これはおもしろい話しである。》

オランダ商館の医師として

《元禄三年に日本の土を踏んだドイツ人、エンゲルベルト=ケンペルは、本国へ帰つてから、和紙の漉きかたを、たいへん詳しく説きあかした。それは、西紀一七一二年に、まづかれのラテン語の本「アモエニターツム=エクソティカールム」(異国異聞)の中にをさめられた》
ケンペルのアジア見聞記は『廻国奇聞』(Amoenitates Exoticae, 1712)とも表記される。

そして明治維新。イギリス政府の駐日公使パークスはインディア=ペーパーのルーツとして和紙を調査するように命じられた。

《和紙の見本を集めさせ、その名まへ、出来どころ、値だんなどを詳しく調べあげ、いちいち書きしるし、明治四年、本国政府へ知らせるとともに、江戸・長崎・大阪で買ひ集めた和紙の実物見本、二箱をも、本国へ送りとどけた。》

しかし普及という点ではやはり万博の力が大きかった。

《あまねくエウロッパに知れわたつたのは、実に、明治六年、ウィーンで開かれた万国大博覧会のためである。》

十九世紀フランスの詩集などに奉書紙や局紙が使われていることがあるが、それはこういう段階を踏んで成立したのだということがよく分った。


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by sumus2013 | 2015-01-14 21:14 | 古書日録 | Comments(3)
Commented by kaguragawa at 2015-01-14 22:55
この本だっか「紙漉村旅日記」だったか、手元になくて判然としませんが、寿岳さんの本に八尾(越中八尾)の和紙のことが書かれていたことを思い出しました。久しぶりに寿岳さんの本、読みたくなりました。
Commented by sumus2013 at 2015-01-15 19:55
《越中八尾の奥の、野積谷は、富山の薬屋が使ふ、薬袋や薬箱の紙を漉くためにある紙漉きどころ、と言つてもよいが、そこで作られて、本高熊と呼ばれる傘紙などは、この、雪ざらしのぴかいちで、色はほのぼのと白く、どことはなしに気だかさが漂ひ、ぱりぱりしてゐて、しかもどつしりと落ちつきを持ち、見るからに、さはるからに、もつたいない思ひさへ誘ふ紙である。》……などとあります。
Commented by kaguragawa at 2015-01-17 20:25
きょう図書館に行ったのですが、余裕がなく寿岳さんの本を借り出すことができませんでした。しかし、吉井勇が八尾に疎開した折の歌を、初出誌〔高志〕のなかに見つけました。勇は、井田川の支流のうちでも野積川の野積谷ではなく、別荘川流域の卯の花を訪れていました。
楮の香黄蜀葵の香とうち交り紙漉きどころ山を恋はしむ
おほかたは寂しき歌ぞわがために黄朽葉いろの紙を漉かずや
紙匠紙は語らず炉の端に今朝撃ちしとふ山鳥を焼く
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