林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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藝術写眞合本2

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『芸術写真』合本の巻頭に置かれている作品。この雑誌の英文タイトルが「THE PICTORIAL PHOTOGRAHPHY」となっているように「芸術」写真ではなく「絵画」写真と訳すべきもので、その絵画的という言葉通り、十九世紀終り頃から二十世紀初頭にかけて世界中で流行した絵画を模倣した効果(簡単に言えばピンボケ)をねらった作品群を指す。上の写真(作者名欠落)なども印象派風のようでもあり日本画(四条派)風でもある。

少し前になるがそんな無名写真家のアルバムを取り上げたこともあった。だいたいこの雑誌と同じ時期、大正時代だろうと思われる。

Album

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富永三吉「風の日」


「文壇のカメラ党」という記事がある。『サンデー毎日』からの転載。

《文壇に於ける写真の流行はすばらしいもので、カメラを手にする作家はと云ふと、永井荷風、里見弴、宇野浩二、久米正雄、谷崎潤一郎、近松秋江、南部修太郎、田中純、長田幹彦、長田秀雄、三島章道、吉田絃二郎、宮原晃一郎、小山内薫等と挙げて来るとなかなか容易につきさうも無い。》

《写真に於ても名人は里見弴である嘗て三越に於ける俳優画家文士の写真展覧会に出品した眠つてゐる子供を撮影した印画の如きは、流石に疊の目の細いデテールまでも注意した所、レンズの冴えと、その手腕の凡ならざるを思はせるに十分である。しかも印画の高い調子と落付いた気品とは流石に里見弴は写真に於ても名人である。》

《久米正雄は写真を旅行中のスケツチに代へてゐる。旅行中のスケツチを脳裡に深く納めるよりもカメラに収めて来ると云ふことをやつてゐる。長田秀雄は写真をやつたことに於て、脚本を書く上の舞台面に利するところが多かつたと云つてゐる。これ等は文壇に於ける写真の流行が単に趣味ばかりでなく芸術的にならうとしてゐる。[ママ]実証と見て差支無いであらう》

ま、そんな高尚な方面ばかりでなく、たしか永井荷風は女性の裸を楽しむために写真を撮っていたようだが、大浦孝秋「裸体写真の取締に就て」という論評が面白い。

《何処までが卑猥で何処までが卑猥でないかの区別が見る人の眼に依り多少の差違の免れ難い処で又問題として争はれる点である。本雑誌の口絵も何時か問題にされたことがあると聞いて居るが、私は一日府の特別高等警察課を訪ふて時の課長加々美警視に意見を叩いたことがあるが警察としてこれを決してハツキリと区別して理論的に説明は能きないのである。》

続いて末弘法学博士が取り上げていた(初出『東京日日新聞』)イタリアからボツチツチエリーの「春」の複製画を持ち込もうとして税関で猥褻とみなされて没収された事件について説明があり、さらにこういう事例も取り上げている。

《大体に於て現在の日本警察官は絵画に対しては相当寛大で写真に対しては極めて厳格であると言ひ得やう。例へば去月大阪小品陳列所の開かれた仏国美術展のロダンの書いた裸体女のスケツチが五点出て居るこれを誰れが見たつて芸術品とは受け取れやうかその中の一つは女が正面向きに股を開いてつくぼつて居て局部までが露骨に書き現はされて居るのである。いくらロダンが天下の大芸術家であつて其の作品が珍重されるにしてもこれは余りだと観るものをして眉をひそまさしめる其れでも平気で出品を許し誰れにでも見せて居るではないか》

《若し吾々が斯くの如き形態を写し出さうものなら其れこそ大変風俗紊乱の廉で大眼玉を頂戴しなければならない筋合であることは大丈夫間違ひなしである。》

《猥褻とは殊更らに男女の局部を見せんとし、或は男女交接の実態を描写したものを指すのであつて、裸体を以て直ちに猥褻なりと断定したがる馬鹿気た、非常識極まる警察官は世界中日本だけである前月号にも裸体の写禍が本誌に報道されて居たがあんな事でビクビクする必要はない。吾々は真面目に肉体美を貴びこれを写真に依つてよりよく発揮し観賞せんとする行為に何者の防[ママ]げも受けない筈で恐るゝ処なく大胆に撮影して可なりである。》

これはなかなか大胆な意見だ。芸術至上主義的ではあってもこの時代としては過激だと思える。大正十年頃のひとつの考え方として留意しておいてもいいだろう。ただし、明治維新以降、それまでの裸体に対する日本人の寛容な態度が、五十年程で、うってかわってここまで狭量になっていたというのも文明開化のたまものだと言えば言えよう。

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紫明「夏のスケツチ」より

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by sumus2013 | 2015-01-12 20:40 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by kaguragawa at 2015-01-14 22:09
 末弘厳太郎の『役人学三則』の「役人の頭」のなかに、「某紙寄書欄に一新帰朝者の税関の役人に対する不平」として載っている話が「春」の持ち込みの話なのですが、これは末広本人の話ではありません。
 そこには、「没収された絵は春画ではありません。わいせつ本でもありません。それはイタリア、フィレンツェの美術館に数多き名画の中でも特に名画といわれているボッチッチェリー(一四四四―一五一〇年)の「春」(Primavera)です。それは「春」の絵に違いありませんが、決して「春画」ではありません。税関吏もまさかそんなしゃれを考えたわけではないのでしよう。やたらにただわいせつだと思って没収したに違いありません。」(前後略)と書かれています。これはアオゾラ文庫でも読めます。
 今年も宜しくお願い致します。
Commented by sumus2013 at 2015-01-15 19:51
御教示ありがとうございます。訂正させていただきました。岩波文庫で読めるのですね。
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