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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


ブヴァールとペキュシェ

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何年か前に屋島(源平合戦で有名な讃岐の屋島です)のブックオフにフランス語のポッシュ(ポケット)本がまとめて出ていた。特別に安いわけではなかったがランボーやボードレールからブルトン、アルトー、サッフォー、ルーセルなど田舎とは思えないなかなかの並びだった(ただし、まっさら、新品同様だった)。一冊数百円だったので十冊くらいは買っただろうか。その中の一冊フロベール『ブヴァールとペキュシェ』(Gallimard, 2009)を読んでみた。このポッシュ版は570頁以上あるが、テクストはそのうちの350頁少々。後は解説、註釈、原作シナリオなどの付録。

分厚いので途中で放り出すつもりで読み出してみた。ところが、なるほどフロベールだ、ついつい読まされてしまった。未完の遺作だけに最後の方はやや雜な感じがしたが、前半は鮮やかに真面目で滑稽な世界へと読者を導いてくれる。

散歩の途中で出会ったともに中年独身の写字生(copiste)ブヴァールとペキュシェが意気投合し、ブヴァールに遺産が転がり込んだのを機にノルマンディーのシャビニョールという田舎へ引っ込んで、閑に任せて何かをやろうと、まずは農業からトライし始めるが、何をやっても上手く行かない。それでもくじけずどんどん興味を移して迷走する。

彼らはあらゆることをまず書物から学ぶ、そしてそれを実行しようとするが、必ず失敗する。医学でさえ書物で学んだだけの知識で実際に村の病人たちを治療しようとする(いったい全体十九世紀のフランスではそんなことが許されていたのだろうか?)。もちろん成功するわけはない。

写字生(copiste)というのは印刷術が登場する以前の、古代や中世の職業であろう。それが十九世紀の後半になってまで実際に存在したのかどうか知らないが(現代でも印刷業や音楽の世界ではそう呼ばれる職業があるようだが、写字生としてのコピストが存在したのかしているのかは、ウィキを読んだくらいではよく分らなかった)、とにかくブヴァールとペキュシェが百科事典や多くの書物を参照し、それらを行動に移すことによってコピーする人間として設定されていることは間違いない。書物と現実を同じものと見る、そういう意味ではドンキホーテとサンチョのコンビに似ているとも言えなくはないようだ。

《C'est l'histoire de ces deux bonshommes qui copient une espèce d'encyclopédie critique en farce …》

「これは茶番として百科全書校訂族をコピーする二人のお人好したちの物語だ」とフロベール自身もこの作品について書いているという(本書の解説より)。昨年読んだ本のなかでは面白かったベスト3に入る。

今、ざっと検索したところでは何種類かの翻訳があるが、一九九七年にリクエスト復刊された岩波文庫版(鈴木健郎訳)が最も新しいようだ。

この表紙写真が気に入っている。作者は Francesco Venturi
https://www.flickr.com/photos/81574640@N03/favorites/


by sumus2013 | 2015-01-03 21:19 | 古書日録 | Comments(0)
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