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わが風土抄《私は欲望の促しのままに、ある種の店を求めて、街はずれへ街はずれへと足を運んでいた。その種の店は街はずれにしかないと見当をつけていた。 神社を匿しているらしい大きな森ぞいの道へ出ていた。道路は薄暗く、湿っぽい。まるで雨後のようだった。道の片側に古本の棚が傾がっている。露天の本屋なのだろうか。三個か四個もある木の棚には、さまざまな本や雑誌がサイズもたてよこも不ぞろいに乱雑に突っ込まれていて、一部は地面に落ちこぼれているのだが、そのままにしてあった。だれも番をしていない。雨ざらしなので、書籍たちは湿気を孕んで白くむくみ、波うっていた。簡易字引や実用英会話などを詰め込んだ棚の前に立っていると、 「いちばん気にいったの一冊だけ買ってあげる」 という声がした。上唇のまくれた、刈り上げ髪の少女が立っていた。こどもっぽい顔立ちなのに、からだのほうは目を見張るほど発育がいい。数年前に二度ほど会った少女とわかった。高校生になっているようだ。私は、なつかしいような、ものがなしいような感慨にとらわれていた。 「いっしょにどこかへ行ったことおぼえてる?」 と少女が言った。「どこか」というのは東京らしくもあったが、私の脳裡には函館の大町の電停付近を連れ立って歩いている残像が描かれていた。右手にはニセアカシアの並木に縁どられた石畳の坂道がはるか上のほうまで続いている。》(「少女」) あるいはこんなところも妙にリアルな白昼夢だ。 《ほかにだれかと待ち合わせがあって喫茶店にはいってゆくと、奥のテーブルに若い男の知人が二人、別々のテーブルに離れあって会話していた。空席になっている椅子は私と約束した女がトイレに立ったあとらしく思えた。私のすくった魚がすぐ食べれるようになったのは、だれか猫のような協力者がいるのにちがいない、と一人がいっている。女がトイレから帰ってきたら、そのことがばれてしまってぐわいがわるい、と私は思った。 さっき壁とのあいだをすりぬけてきたカウンターにも知り合いの若い男女がすわっていて、私と真向かいに顔が合うかたちなっている。みょうに白茶けた顔をしているが知人にはちがいない。女のほうが、しばしばスタンドからころげ落ちて、床にひざや手をつくのだが、男のほうは知らん顔している。ことによると男が他人にはみえないように女の腰のあたりを押して、突き落としているのかもしれない。あまりよいことではない、としだいに不愉快になってきた。 私の連れの女はトイレから帰ってこないし、ウェイトレスも注文を聞きにこない。》(「釣堀」) 粟津作の銅版画挿絵が八点。これらがまた迫力である。駒井哲郎にもこの種の作品群があるが(埴谷雄高の挿絵など)、もっと生な感じの欲望がひしひしと伝わってくる。
by sumus2013
| 2014-11-28 20:51
| 古書日録
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