林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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路地の奥の小さな宇宙

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荒賀憲雄『路地の奥の小さな宇宙』(新月舎、二〇一三年四月一二日)を頂戴した(上の写真の白い本)。深謝です。詩誌『ラビーン』に連載された天野忠に関する論考をまとめたもの。その内容についてはごくわずかながら四年ほど前に一度紹介している(上の写真のピンクの冊子がその『ラビーン』の連載コピー)。


そのときに紹介しきれなかった部分を少し引用しておく。「溶暗の時代」から北園町九十三番地、下鴨本通りから北泉通りを東へ十数メートル行った南側の天野邸についての描写。

《踏み込みの土間には今では畳まれた車椅子が置かれ、左手の靴箱の上にはたしか小さなマリア像の絵が飾られていたのを覚えている。二畳の玄関には送られて来た同人誌が両側にうず高い。
 問題はその「すべりが悪い」門の戸を開けて玄関へたどる路地の風景である。右隣は天野さんを奈良女子大に紹介した故辻田先生のお宅、左手は警察の寮だったが今は空き家になっている。京都の町屋によくある「路地」だが下鴨界隈では珍しい。下生えにサクラソウやツワブキが茂る両側は、サザンカ、ツツジ、カエデ、それに珍しいメキシカンセイジなどが植えられ、いちばん奥の玄関の前にはこれも珍しいキンメイチクが植わっている。》

《客間はみごとなボケの花の見られる庭に面した日当たりのいい座敷なのだが、改まった時以外は玄関からすぐ廊下を隔てた書斎に通されることが多かった。小机えお書棚の空間を除けば、主客膝を接するばかりの三畳のその書斎こそ、まさに入れ子細工のように二重に仕組まれた「小宇宙」であった。
 筆者はよくこの部屋で、手すさびに描かれた絵を見せてもらったことがある。大方は黒いボールペンなどで描かれた抽象的な線描や人物だったが、中には淡彩の風景画もあった。それらはまぎれもなくヨーロッパーーそれもエゴン・シーレやクリムトの世界を思わせる、世紀末から二十世紀初頭を支配した退廃と倦怠の匂いを漂わせたものだった。》


天野の絵の発していた世紀末的な退廃はおそらくヨアヒム・リンゲルナッツあたりと関係付けて考えてもいいかもしれない。というか天野の『動物園の珍しい動物』(編集工房ノア、一九八九年一月二〇日、上の写真の立てた本=函と本体)の巻頭「クラスト氏のこと」を読むとどうしてもリンゲルナッツ『運河の岸辺』に収められている板倉鞆音による「まへがき」を連想しないではおられないからだ。

《ある日、奇妙な外国人と夜店の古本屋の前で知り合ったことがある。顔色の悪い、頭の禿げ上った四十年輩と見られる男で、一寸見には西洋人とはとれない貧相で不恰好な洋服を着て、しかも大きな下駄をはいていた。
 その彼が、夜店の古本屋の粗末な茣座の上の古雑誌をひやかしていたのである。文学青年の私も、一冊十銭の札の出た古雑誌の中から、めぼしい文学雑誌を選り分けていたのだが、隣の男がその山の中から分厚な漫画雑誌を選り出して、それを奇妙なアクセントの日本語で六銭に値切っているのである。

《物好きにも私は、その男と連れだって、近くの「びっくりうどん屋」へ入り、私のおごりで一杯十銭の大盛りのうどんをたべた。》

《「キミハ、ポエットか?」
 「ポエットになりたいと思う」
 「ポエット タイヘンムツカシイ ポエット(だいぶん考えて) クルシイ クルシイ……」
 彼は腕を組みまた解き、片手で頭をおさえ、胸をかきむしる仕草をして、彼のいう「クルシイ」さまを表現してみせ、何度も奇妙な抑揚の「クルシイクルシイ」を連発した。》

《今度は私がたずねた。
 「君はポエットか?」
 彼は禿げ上がった額の上で十字をきる真似をして、人の好さそうな、しかも少々下品な感じもする粗野で複雑な笑顔になり、そそくさと「maybe」と答えて眼を伏せた。》

天野は実際に船乗りでもあったリンゲルナッツが日本へやってきたという設定の下でこの詩を書いた、かどうかは定かではないが、そうだったとしても不思議ではないような気がする。


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『路地の奥の小さな宇宙』より「天野忠 主要著書・略年譜」。

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by sumus2013 | 2014-11-17 21:19 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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