林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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教林雑誌第四輯

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『教林雑誌』第四輯(敬愛舎蔵梓、発行=書籍会社+岡田茂兵衛、一八八四年二月免許)、編集・蔵版が小野正己。印刷所は大阪大手通二丁目活版社。発行が書籍会社で印刷が活版社とは、さすが明治七年の本である。これらが固有名詞として通用していた。内容は新しい(すなわち明治維新後)の社会のあるべき姿を説いている。小野正己についてはよく分らないが、検索すると神道系の雑誌とあったので、きっとそういう人物なのだろう。実際、本書にも仏教と神道の融合を説いた章がある。国会図書館で小野正己で検索すると以下の書籍が見つかった。

証券文例・印紙貼用心得・訴答文例 武宮貫一編 京都 : 小野正己, 明7.10
和漢字引便用 陶山直良編 小野正己校 大阪 : 小野正己, 明9.3.
摘句日本外史譯語大全 小野正己編 青山薫校閲 出版地不明 : 出版者不明, 1878.10

百万遍で三冊百円のなかから拾ったのだが、どうしてこの端本を取り上げたかというと、本文が金属活字で印刷されているからである。明治七年で金属活字は珍しいと思う。なにしろ「活版社」なのだ。

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端正な活字彫刻である。崎陽新塾製造活字の系統と思うが、ネット上で見るその見本(下、國、を比較)よりもこちらの方が当然ながらこなれた線になっているようだ。ウィキの「本木昌造」を見ると以下のようにある。

[1870年]同年、小幡正蔵、酒井三蔵、谷口黙次を送って大阪に支所を作り(後の大阪活版所)、1872年、小幡と平野を東京に派遣し長崎新塾出張活版製造所を設立させた(後の築地活版)。

大阪活版所は明治三年の開設だ。京都も同じ年である。その辺りのことは以前書いておいた。

點林堂(てんりんどう)

どうだろう、そうすると、この明治七年免許の金属活字印刷による書物がたいそう貴重なものに思えてこないだろうか。そして、どういう理由なのか、奥付はまだ木版摺のままである。

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by sumus2013 | 2014-11-12 20:51 | 古書日録 | Comments(0)
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