林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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南画大体

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墨画の短冊を買った。作柄は悪くないと思う。筆は達者で素人臭くはない。ただし、そんなに古いものではないだろう。遡っても幕末、大方明治か。落款はおそらく「蠓成写」。印は「[?]徳」。誰だか分らない。

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ユニテでの個展の折、来場くださった某氏より石川淳『南画大体』(日本文化研究第二巻、新潮社、一九五九年二月一五日)を頂戴したので、このところ読みふけっていた。いかにも石川淳らしい真っすぐな迷路といった趣の文体によって日本南画、特に大雅と蕪村についてやや饒舌に語られている。

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そもそも石川淳は池大雅によって南画に目を啓かれた。

《わたしが大雅の画からはじめてつよい感動を受けたのは、たしか昭和十年ごろか、上野表慶館の屏風展覧に於て、山水楼閣図六曲一双を見たときであった。そのときまで、わたしは南画一般についてわるい概念をもっていた。いつのまにか、わたしのうちに南画観のできあがったものがあって、見えるかも知れぬ目筋までそのためにふさがれていたようであった。それというのも、今かえりみれば、わたしは幼少のみぎりから祖父の居室にぶらさがった南画のたぐいを見なれてはいたが、ちとの文晁をのそいては、その多くが春木南岳【誤植? 春木南溟か】とか山本梅逸とかいう三流の材料であったせいだろう。もっとも、文学のほうにもマイナーポエトというものはある。三流、かならずしもこれをきらわない。とくに南画の流では、マイナーポエトと目されるものの中にも、たとえば立原杏所のようなものになると、これはどうか。まんざらでもないだろう。これを壁に展べれば、ぴんとした気合である。

石川淳の祖父は当たり前ながら二人いる。おそらくここで言うのは省斎こと石川釻太郎(きゅうたろう)であろう。幕臣・御家人で儒学、和学に長けていた。維新後は官職に就かず漢詩集を編集したり寺子屋のようなことをやっていたそうだ(渡辺喜一郎『石川淳傳説』)。上の文章に続けて石川は山水楼閣図の鑑賞についてこのように説いている。

《ひとは大雅の世界観から幸福感というみやげをもらうことになる。ところで、このあたたかいみやげの折詰はただではもらえない。ここは元来詩書画三絶の境である。もしかすると、琴棋もまじっているかも知れない。したがって、この境に招待されるほうの身にしても、早判りの解説という観光バスに便乗する代りに、すこしは自分の足に灸をすえて、てくてくあるいて参上するだけの義理はあるだろう。すなわち、いくぶん身銭を切って、詩書画のにおいぐらい嗅ぎわけるような鼻は平常からやしなっておかなくてはなるまい。しかし、これではどうもはなしがちがう。せっかくただの画と見て、線と色とに還元してながめていたところに、ここで詩書なんぞという余計ものに割りこんで来られたのでは、鑑賞上ちと約束がちがうではないか。いかにも、そのとおり。南画というものは所詮こういうものである。やむをえざる仕儀と合点するほかない。

こいう文章を「真っすぐな迷路」と思う次第。

大雅と言えば、平成二十五年に閉館した池大雅美術館のコレクションが京都文化博物館へ寄贈された。それを記念した展覧会が十一月八日から始まる。これは久々の大雅から幸福感というみやげをもらうチャンスであろう。

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by sumus2013 | 2014-10-15 20:20 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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