林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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小とりよ小鳥

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有本芳水の色紙を入手した。


 小とりよ小鳥うらやまし
 生れ故郷の恋しさに
 小鳥となりて春の日を
 声はり阿けてうたひたや

 為青柳先生  芳水[印=芳水]


検索してみると目下某書店に同じ詩文を揮毫した掛軸「小鳥よ…」が出ている。漢字の使い方が少し異なる。青柳先生については何人か定かではない。乞御教示。


***


河内紀さんより「緑雨、読む〜幸徳秋水宛緑雨書簡を巡って〜」と題された文章が届いた。《同封したのは例により小生の頭のサビ落としでことさら読んでいただくものではありません。マア、パラリと見て、適当に御処分の程。"無料のたよりがわり"と思って下されば幸いです。》というメモが付いていたが、たしかに錆落としは言い得て妙である。河内さんの骨っぽい最近のチェーン読書がよく分って、こちらも襟を正して読む。

副題が「その(2)《按ず》考ヘ思フ・工夫ス・思ヒワヅラフ・キヅカフ「大言海」」となっているから「その(1)」があるのだろうが、そちらは頂戴していないような気がする(当方もけっこうボケがきているので、あるいはPDFで頂戴したかもしれないけれど)。

二〇一四年一月二五日、大逆事件処刑104年追悼集会が渋谷区の正春寺で開催されたことから書き起されている。その前日には四万十市中村の正福寺で幸徳秋水歿後103周年墓前祭が開かれていた。

正春寺では、管野スガの獄中吟を刻んだ墓碑の前で献花と参拝が行われた。
 菅野の獄中日記に「死出の道艸」(『明治文学全集96/明治記録文学集』)には「墓などはどうでもよい、焼いて粉にして吹き飛ばすなり、品川沖へ投げ込むなり、どうされてもよいのであるが、(略)形を残すのなら懐かしい妹の墓の隣に葬られたい」とあり、その意を汲んで止宿先(平民社の向かい、千駄ヶ谷九百二番地)の増田謹三郎さんがここに葬った。
 妹の秀子は「姉のすがと一しよに東京へ出て、一時貯金局につとめていた」が「明治四十年二月二十二日、胸の病で」亡くなり、正春寺に葬られたのだった。

「死出の道艸」は死刑判決が宣告された明治四十四年一月十八日から処刑前日の二十四日までの七日間の日記(幸徳らの処刑は二十四日、菅野は二十五日)。ここに書き写され、自ら抹消した歌が二十二首あるそうだ。それらの中から河内さんが引用している三首を孫引きしておく。

 くろ鐵の窓にさし入る日の影の 移るをまもり今日も暮しぬ
 (この歌は正春寺の墓碑に刻まれている)

 二百日わが鉄窓に来ては去ぬ 光と闇を呪ふても見し

 身じろがぬ夜寒の床に幾度か 忍びやかなる剣の音きく


続いては幸徳秋水の『基督抹殺論』序文に記された獄中で「凍筆を呵し」たという一文を引いて、そのときの秋水の胸中に思いを馳せる。そうして、墨筆の連想から、次に緑雨の小説『かくれんぼ』の序文を挙げる。《天下重宝の白紙へあたら墨を塗(ルビ・なす)りて見て下されとは生ある者の云はれた筈の義理ではないなり》。いかにも緑雨らしい物言いである。秋水と緑雨は「爾汝の交わりを最後まで続けた」(師岡千代子『風々雨』隆文社、一九四七年)そうだ。そしての序文原稿の写真版が『新日本古典文学大系明治編29 諷刺文学集』(岩波書店)に載っていることに触れる。

筆、緑雨、ときたらもちろん次はあの警句である。明治三十三年十二月二十九日『二六新報』のコラム「青眼白頭」より。

《按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし》

衆寡敵せずは『孟子』梁恵王上「寡固不可以敵」あるいは『三国志』魏志・張範伝の「衆寡不敵」などに用例があるようだが、河内さんの読みはこうである。

《重々しく「按ずるに」と始まるところに、この警句の魅力はある。
 筆先を口元近くに寄せ、じっと思案する動作が強調される。次のことばをどうするか、それを測っている揺らぎの間、(・・「あんじるより産むが易し」・・「餡汁より団子汁」・・)、そして決断。
 筆は下ろされ、「按ずる」までもない数の計算が記され、その落差に戸惑っているところへ、ズバッと御宣託が下る。
 「一本の筆は二本の箸に、勝ち目ナシ」
 青眼(正眼)の構えからの鋭いひと突き。この鋭さは、その筆先が、相手ではなく、筆者(緑雨)へ向けられていることから発している。
 「この道理を、まず(おまえ自身が)腹の底から納得しなければならぬ」と。》

ここから河内さんはちょっと跳躍してみせる。津軽の「豆づくし」という滑稽な数え歌を引っ張って来る。全部引用するのは面倒なので最初と最後のフレーズだけ。

 ひとつ ひとつ豆ぁ 相手ねえも道理だぁ
 とおに 豆腐豆ぁ すられるのも道理だぁ

按ずるに、「筆は箸に、勝てないのも道理だぁ」もそうだが、「金持ちは、金あるも道理だぁ」、「貧乏人は、金ないも道理だぁ」と、心ゆくまで唱えてみるのも、きっと面白いはずだ。

そして秋水に戻り、獄中から妻に宛てた手紙を引用する。

《「獄中で一番困るのは衣類の破れ綻びを縫ふことだ」とあり、最後は、次のひとことで締めくくられる。
 【針は筆よりも遥かに重し】》

と、ここで終わらず『基督抹殺論』の出版へと話は移るのだが、そこは申し訳ないが手短に述べておく。獄中で擱筆した『基督抹殺論』は高嶋米峰の丙午出版社から秋水処刑の八日後、明治四十四年二月一日に発行された。これが大いに売れたのだ。堺利彦は「世間は忽ちにしてこの書の七八千部を愛読若しくは憎読した」と書いている(「大逆事件と其前後」『堺利彦全集第六巻』)。そこで秋水と緑雨の架空対話でサゲがつく。さすがに演出家。「伝」は秋水のこと。

伝【按ずるに、一本の筆が二本の箸を扶けることもある
緑("ニコリ"ともせず伝の筆を取り、「扶けることも」の後に「稀に」と二文字を挿入する)


***


先日紹介した『木山捷平研究』増刊号に《清音読書会編『木山捷平資料集』は木山捷平の書誌研究では、こんにち第一級のものだが、これにも『教育文芸』を初出とする作品は掲載されていない》とあるが、最新版木山捷平資料集』には掲載されているので付言しておく。





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by sumus2013 | 2014-09-18 17:31 | 古書日録 | Comments(4)
Commented by 吉澤 at 2014-09-20 12:14 x
 これは 青柳瑞穂 ですね?
 
上林暁が阿佐ヶ谷会へ行く途中古本屋で芳水詩集を大好きだった青柳の為に買って行きみんなで盛り上がった・・・(上林暁「芳水詩集」)
・・で・大好きだった青柳は取材旅行で芳水に会う井伏に色紙を頼んだ
・・井伏に頼まれたからには「先生」と普通に書くでしょう
・・・こんなストーリーどうでしょうか?

・・・後楽園外苑ある詩碑には
小鳥よ小鳥・・・となっていますと思います・・・・今度確認しときます。

Commented by sumus2013 at 2014-09-20 21:07
吉澤さま 先生ですから、それなりの人物と思っておりましたが、青柳瑞穂なら納得できますね! 御教示に深謝です。いい買物でした。
Commented by akaru at 2014-09-25 11:30 x
今、丁度芳水を読んでいます。宮崎修二朗翁が親しくされていて、ちょっとしたエピソードを書こうと思っています。宮崎翁、瑞穂とも何らかの関連があったことを聞いたことがあります。
Commented by sumus2013 at 2014-09-25 17:51
そうですか、宮崎翁はじつに交友の広い方ですねえ。聞き書きたくさん残しておいてください!
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