林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ガリマールの家

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井上究一郎『ガリマールの家』(筑摩書房、一九八〇年一一月三〇日二刷、装丁=栃折久美子)読了。著者の筆力を感じる一冊だった。井上は淀野隆三の後輩でもあり親友だった。フランス語もよくできた。プルーストの翻訳者に向かってこんな言い方ははなはだ失礼ではあるが、自らもジイドを初め多くの翻訳を手がけた淀野は井上の語学力を頼りにしていたようで、フランス語の意味を質問した手紙が残っている。本当に「よくできた」わけである。

『土地の名』
http://sumus.exblog.jp/6547183/

井上と伊吹武彦の『失われた時を求めて』の確執については『えむえむ』第二号(二〇一二年二月)に執筆した。

「まぼろしの高桐書院版『失われた時を求めて』をめぐってーー淀野隆三日記より」
http://sumus.exblog.jp/17650397/

本書で井上はフランス政府の招聘で一年間ガリマールの家《つまり館であり、社屋であり、会社であり、何組もの一族の住まいであり、結局それらを一つにしたもの》に住み込んだときの経験を小説風に構成して描いている。これがなかなか読ませる。やや描写や説明がくだくだしいところもなきにしもあらずながら、全体としてはフランス社会、フランス人の本質が皮膚感覚のごとく伝わってくるように思う。

で、それはさておいて、書き出しの一章、ガリマール社の主ガストン・ガリマールの死亡とそのガリマールの歴史を説明したくだりを読んだとき、はた、と思い当たったことある。出版の経緯はおおむね、上にリンクした『土地の名』のブログ記事に書いたようなことで、本書とそう大きな違いがあるわけではない。情報源は同じガストンの回顧談なのだ。ただ改めてなるほどと納得したのはグラッセ社から出版された『失われた時を求めて』の第一篇『スワン家の方へ』を手にしたジャック・リヴィエールとガストンの反応を読んだときである。

《出版されたのをさっそくリヴィエールとガリマールは読んだ、そして二人は口をそろえていう、
「こりゃ、とんでもない! たいへんな作品じゃないか、われわれ仲間がつくるどんなものよりもはるかにすぐれている。」
 そこでガリマールは、「渾身の勇気をふるって」ーーと彼はマドレーヌ・シャプサルに語っているーープルーストのもとに奪還に駆けつけるのである、文字通り、それは奪還であった。》

知り合って間なしだったようだが、ガストンは一目でプルーストが気に入っていた。プルーストもガストンを信頼した。そして電話をかけてガストンを呼び(病気で外出できないという理由で)その原稿を託した。ガストンはそれをNRF(ガリマールの前身、一九一一年設立)の原稿審査会に持ち込んだもののジードによってすげなく却下されてしまった。しかし、この時点では誰も本気でプルーストの原稿を読んでいなかったのではないか。本気どころか、たわむれにも目を通していなかった可能性もある。だからこそ活字になって心底驚いたのだ。

ではなぜ読まなかったのか? おそらく、想像に過ぎないけれど、読めなかったのではないだろうか。昨日紹介したガリカにブルーストの創作ノートが公開されている。


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もちろんガストンに預けられた原稿はもっときちんとしたものだったかもしれないが、こういう文字がびっしり並んでいる紙の分厚い束を渡されても誰しも好んで読もうという気持ちにならなかったのではないか? そんなふうに上に引用した二人の会話を読んで感じたしだい。

もうひとつ、奪還に行ったガストンはグラッセ社に残っていた初版本を引き取った。そしてこんなふうに処理した。

《グラッセ初版の第一篇『スワン家のほうへ』は千百部印刷されたはずだが、サン=ペール通のグラッセ社には、五、六百部残っていた、「それをグラッセは手押車で私にはこばせた、そのときの荷物の姿がまだありありと私の目に浮かぶ、私はばかだったから、初版の表紙を全部はがしてきた、ーーつまりその上に貼りつけたんだよ、エヌ・エル・エフの表紙を!」そしてその残部を売ってしまって、それからあらたに印刷しなおした。ところがエヌ・エル・エフの表紙のついた初版本を買った連中が、グラッセに駆けつけて、グラッセ版の表紙をくれといった。商売上手の先方の社長は、その表紙を一枚二千フランで売ったという。余談ながら、ここに私の注を入れると、私がもっている初版本も、ことによったら、この残部のなかの一冊で、一度上着をぬぎかえているかもしれない。

表紙や奥付を張り替えるなど昔の本には珍しくないだろうが、それをまた張り戻してオリジナルとして転売するというのはじつに古本的で興味深い。

ただガストンが《商売上手の先方の社長》と発言しているように読めるものの、本当に商売上手ならプルーストを手放すはずはなかった。目先の利益に聡いというだけのことである。誤りに気付いてすぐに奪還してきたガストンの方がよほど商売上手だったと言えるだろう。

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by sumus2013 | 2014-09-08 20:58 | 古書日録 | Comments(0)
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