林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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コデックス本

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コデックスについて書かれたものが書棚にないか探していると、ヘンリー・ペトロスキー『本棚の歴史』(池田栄一訳、白水社、二〇〇四年二月一〇日)が見つかった。

《西暦紀元の初めの数世紀には、綴じた本、すなわちコデックス本の数が増加していたので、本棚には、巻子本だけでなくコデックス本の収納も求められるようになっていた。本の形としてはコデックス本の方が好まれたので、こちらがやがて巻子本に取って代わる。コデックスという名称は、木材の表紙で覆われているところから付けられ(コデックスcodex はラテン語で「木の幹」を意味する)、「法典」code という法律用語のもとになった。パピルス紙や羊皮紙を折りたたみ、縫い合わせて製本されるコデックス本には、巻物より明らかに優れた利点がいくつかあった。巻物の場合、終り近くの一節を探すには全体を開く必要があるが、コデックス本なら、すぐに関連ページをめくることができる。また巻子本では普通、片面にしか字を書き込めないのに対して、コデックスは紙の両面を使える。

《古代ギリシア・ローマ時代には、木や象牙の書字板[タブレット]を蝶番式につなぎ合わせて、携帯用白板とでもいうべき物を作っていたが、コデックス本はこの書字板から発達した。立ったまま、あるいは馬にまたがったままメモを取らなくてはならなかった徴税人などにとって、巻物は不便だったのだろう。

《略式の書字板本の形をまねた初期のコデックス本は、西暦紀元の初め(二世紀頃)にまでさかのぼることができるようだ。コデックス本の形が初めて使われたのは、キリスト教の聖書をパピルス紙に書き写して回し読みする際、ユダヤ教や異教の巻物と区別するために、冊子形式を採用し始めたときだったと推測されている。巻物より明らかに優れていたので、「四世紀の初めには、キリスト教、非キリスト教どちらの文献でもコデックス本が主流の媒体になり、巻物の使用頻度は激減していた」

引用文中の最後にある「 」内の引用はBarbara Shailor『The Medieval Books』(University of Toronto Press, 1991)より。

これを読んで思い出したが、書字板(タブレット)と巻物(スクロール)が両方描かれているポンペイの有名な壁画がある。「パン屋の夫妻」(紀元後六〇〜七九年頃)。妻の持つタブレットはなかなかオシャレで高級そうだ、昨今のタブレットを連想させるくらい。なおヨハネ黙示録が成立したと推定されるのはやはり紀元後一世紀末頃だそうだからこの絵とさほど変らない時代ということになる。

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ひとつ気になるのはモスタファ・エル=アバディ『古代アレクサンドリア図書館』(松本慎二訳、中公新書、一九九一年)に掲載されている図版、プトレマイオス朝前期とされるテラコッタ像である。「ひざに本を乗せた女性の小像」。

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プトレマイオス朝は紀元前三〇六年から前三〇年まで続いた王朝だが、巻物ではなくこんな四角い本のようなもの(粘土板か?)が女性にも読まれていた?

もうひとつ、ヨハネ黙示録と似た神の言葉の天使による伝授というシチュエーションはクルアーン(コーラン)がそれを踏襲している。

610年頃、メッカ郊外のヒラー山の洞窟で瞑想していたムハンマドは突如金縛りに襲われた。そのとき天から大天使ジブリールが現れ、「誦め(よめ)」と言った。ムハンマドが「何を誦めと言うのですか」と苦しみながら尋ねたところ、ジブリールはフッと消えていった。この時よりクルアーンの啓示が始まる。それから二十三年の間、ジブリールはムハンマドの元を度々訪れてはクルアーンの各章を啓示していった(クルアーン96章など)。》(ウィキ「ガブリエル」より)

ここで言う大天使ジブリールはユダヤ教(ガヴリーエール)、キリスト教のガブリエルであり、西欧では受胎告知の天使として絵画化される例が多い。ヨハネ黙示録には名前は示されていないけれどもヨハネに呑み込めと巻物を渡す天使がガブリエルではないかと考えられているそうだ。

ムハンマドは文盲だった。だからヨハネ黙示録の巻物(ムハンマドの時代ならもうコデックス本が主流だろうが)を食う話がもってこいの啓示だった。すなわち文字通りの「口移し」ということだ。



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by sumus2013 | 2014-09-02 20:50 | 古書日録 | Comments(0)
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