林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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気ままなる旅

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司修『気ままなる旅 装丁紀行』(筑摩書房、一九八六年年一一月二〇日、装丁=中島かほる)。装幀は中島かほるながら、カバーおよび表紙、扉の画、そして挿絵は司修の作品。

副題にもあるように司が自作装幀本にまつわる取材話などを『静岡新聞』に連載し、そこに書き下ろしを加えて一冊にまとめたもの。

《本の装丁を、生活のカテとして始めてから、かれこれ二十年になる。絵を描いているだけでは生活できないので、小説や童話の挿絵を描いていたが、そのことがきっかけで装丁をするようになった。一時途絶えていた読書が始まったのも時を同じくしている。
 そのころはまだ、絵かきが挿絵を描くということは、技術上、また精神衛生上好ましくない、とされていた。挿絵を描いている絵かきは、陰で軽蔑され、有名であればなお、その画家の描く「純画」(純粋絵画を勝手に略したのだが、実際にはない言葉である。こうすると、純粋がもろくも崩れているように見える)は悪くいわれた。》

《ぼくは新前だったからいいことにされ、挿絵画家をさげすむのを横で聞くことが多々あった。お前も早くやめないとこういうことになるぞ、といわんばかりだった。そういう人たちは、家作があったり、学校の先生をしたり、家が良かったりして、生活に困ることのない人たちであった。ぼくは、娘が生まれたばかりで、職もなく、売れない絵を描いているだけでは飢え死にしてしまうので、何といわれても挿絵をやらなければならなかった。家でできる仕事で、金銭的にも割りがいい挿絵は、売れない絵画製造者にはもってこいだった。ぼくは、挿絵を描く自分を、ぼくという絵かきのスポンサーにして、売らなくてもいい絵を描き続けようと思った。どうせ悪口をいわれるのだから、逆手をとって文学的な絵を描いてやれ、と思ったのだ。》

《挿絵がイラストと言われ、カッコよく迎えられ、「純画」がその分野も取り入れるようになった。イラストレーターは若者の目ざすところとなった。
 そうなってくるとまた、ぼくはヘソを曲げて、挿絵は描きたくなくなって、ついにはやらなくなってしまったが、装丁はいまだ続けている。装丁といっても、ぼくのは数をこなしているだけで、その専門的な理屈や技法はなく、始まりと何ら変らない。つまりいまだ素人に毛が生えたようなものである。ただ、本の中にのめり込んでいき、行く必要があれば、書かれてある場所へ行き、時間さえあればじっくりとその場所で付き合っていたくなる本来の性格があって、相手(編集者)が許してくれると、いつまでも本にならないということにもなる。》

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カバーの裏表紙側から折り返しにかけて。こういう細工は嫌いじゃない。

司修その人の装幀本もなかなかいいものが多い。自身も自覚しているように絵描きの装幀だから、そんなに凝ったレイアウトではないが、絵の強さというか、シュルレアリスムをベースにした作風はたしかに文学的と言えるもので、他の画家あるいは装幀作家にないインパクトを備えている。女性の顔もよく描くが、それがちょっと甘ったるくて、しかしギリギリ節度を保っている。

下は司修装幀になる大江健三郎の『同時代ゲーム』(新潮社、一九七九年)。大江健三郎作品の多くを手がけている。

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『気ままなる旅』と比較してみると、文字配りに明らかな相違が見られる。中島かほるは文字を中心にして絵を選んでいると思われるが、『同時代ゲーム』は絵がまずあって、文字は型通り中央に置いただけのように見える。これが装幀を専門にしている者と絵描き装幀家との決定的な違いだろう。

装幀とは関係ないこと。「かほる」という名前。歴史的仮名遣いで「かほ」は「顔」(容、貌)という意味である。もし「薫」なら「かをる」のはずだが、検索してみると定家仮名遣いその他では「かほる」「かほり」と書かれるのが常だったらしい。

仮名遣異同表
http://www.kotono8.com/wiki/仮名遣異同表

「を・お・ほ」とそれぞれ似ていながら微妙に異なっていた音との対応は時代によって変化もしたろうし、音が変化した後でも書かれる文字の表記は変化しにくいものだ。定家よりも古い時代にはまた違った表記だったわけだからいずれが「正しい」か判断するのは容易ではない、というか、少なくともどうしてそれが正しいかという根拠は稀薄であろう。みんなで使えば正しくなる、というところ。


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by sumus2013 | 2014-08-22 21:05 | 古書日録 | Comments(0)
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