林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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わたしの戦後出版史

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『わたしの戦後出版史 京都の出版の回顧と展望』(日本書籍出版協会京都支部、二〇〇一年九月七日)をある方より頂戴した。二〇〇〇年一〇月二八日・二九日に『京都出版史〈戦後編〉』のまとめとして行われたギャラリートークを冊子としたもの。京都商工会議所三階で出版物の展示とともに挙行された。

出席者は杉田信夫(ミネルヴァ書房)、臼井史朗(弘文堂〜淡交社)、高島國男(世界思想社・教学社)、益井欽一(文英堂)、渡辺睦久(人文書院)、寺村嘉夫(三一書房)、井上重信(法律文化社)、司会は長田岳士(思文閣出版)。

二〇〇〇年だと小生はようやく京都の出版物に興味を抱き始めた頃である。しかしながらこのトークや出版物の展示については何も記憶にない。高桐書院や甲鳥書林も登場しているので、聴いておけばよかったなあと少し残念に思う。上記パネリストは京都出版の重要人物ばかりである。

貴重な証言も多々あるが、ごく一部を引用しておこう。まずは古本に関して。高島國男(世界思想社・教学社)氏の発言。

《皆で本を持ちよって、本を安くで貸出そうということになり、京大生などを対象に、百万遍で廉価で本の貸出しをする読書組合「洛陽文庫」というのを昭和二十一年六月一日に作りました。会費月五円で、多くの人が会員になってくれまして、その中にはいろいろな人がいました。》

《しかし、五円の会費でしたので当時のインフレに追いつかず、また値上げもしにくいのでその年の秋には、止めざるを得ませんでした。私は本の値段のことは、少しはわかっていましたから、すぐ古本屋を始めたわけです。これは一応生活の糧にはなり、月一万円ぐらいの収入があったので、当時千八百円の公務員ベースのとき、とにかく生活は出来たのです。しかし古本業をやっているのが嫌で嫌でたまらない。とにかく嫌なのです。何とか脱却したいと思っているうちに出版に考えがいたり、いろいろな人に相談したのです。》

敗戦直後の古本業者の経済が分る回想である。この後、伝を頼って法律の本を出版するが、さっぱり売れず、教学社の名前で教科書や大学入試シリーズを出して大当たりを取ることになる。同じく高島氏。

《例の全国書房の倒産、それから世界文学社の倒産、高桐書院の倒産、みんな目の前で見ているわけです。今まで乗っていた大型の自家用車というのも、アメリカか、どこかの払下げ品でしょうが、それに乗って京大の前にでんと駐車しているわけでしょう。そのとき、我々は自転車で後ろの荷台には古本あるいは新刊書をいっぱい積んで走っていたわけで、みんな食うや食わずの状態のときですから、それは羨ましいですよ。それが倒産したのでしょう。こんな怖い事業はないと、私はもう本当にびっくりしました。

なるほど、アメ車に乗っていたのか(もちろん当時は外国車しかなかったのだろうが)、そのくらい羽振りが良かったわけだ。

人文書院の渡辺氏の話には著作権について興味深い数字が出ている。サルトルに直接手紙を書いて全集を刊行したいと訴えたそうだ。

《ほどなくパリのガリマール社からサルトルの既刊書十一冊をセットで契約したい。前払金は六十五万円だと通知してきた。驚きましたね。当時の六十五万円は大金です(家の二軒は買える金額です)。東京の版元は、売れそうなものだけを交渉していたのです。遂にここまで来たからには、もう引き返せません。それこそ清水の舞台からのつもりで契約しました。》

サルトル全集『自由への道』第一部は一九五〇年一〇月に出ているからその少し前のことだろう。この賭けは大成功だった。昭和二十五年前後の倒産の嵐を乗り切った。なかでも『嘔吐』は「四十万部に達しているでしょう」という。

もうひとつ、会場の聴衆から注目すべき発言があった。

《私はさきほど御紹介いただきました高桐書院にずっとおりまして、倒産後も若干出版界に関係してここにおります。》

《今おっしゃいましたように、これだけの資料をお集めいただいて、これだけの資料を公的なものにおまとめいただいた杉田様はじめ皆樣方に厚く御礼を申し上げたいと思います。特に世界文学社の柴野さん、全国書房の田中さん、大雅堂の和田さん、皆存じ上げておりますが、きっとそれぞれ泉下でこんなに喜んでおられることはないと思います。私もいろいろの名前を挙げて刊行した所まで、刊行した書物の名前まで挙げていただいたことについて、淀野もきっと喜んでいることと思います。本当にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。》

聴衆Aとなっているが、さてどなたであろうか。

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『京都の出版社'96』および『京都の出版社2001』。いずれも日本書籍出版協会京都支部の発行。前者が130社、後者が140社収録。

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by sumus2013 | 2014-08-21 20:53 | 古書日録 | Comments(0)
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