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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


序文検索2箇目

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かわじもとたか『序文検索2箇目 序文跋文あれこれ』(杉並けやき出版、二〇一四年七月一五日)を頂戴した。深謝いたします。著者紹介を見ると古書目録を主なソースとして、追悼号書目、死に至る言葉、畸人伝、水島爾保布著作書誌、すごろく、装丁家で探す本、などのテーマで著書を刊行しておられる。

二〇〇八年頃から序跋を本格的に調べ始めて前著『序文検索』(杉並けやき出版、二〇一〇年)を、そしてさらに本書を完成させたという。本書は623頁の厚冊。そこに古本好きなら必ずどこかでひっかかっている著者たちの名前が有名無名(昔有名今無名も多し)にかかわらず心の赴くまま(?)取り上げられ、検索した結果が報告されている(古書価も折り込んであるのがミソ)。それが100章プラスおまけ14章という数になるのだから623頁も致し方なかろう。どこから読んでもためになるし、教えられることも多い。

かわじ氏は一般の読者は序文を読まないと書いておられる。しかし小生自身について言えば、序跋しか読まない本がほとんどである。というのも内藤湖南が「序結はていねい、目次はななめ、本文指でなでるだけ」と笑いながら語ったという逸話を読んで(青江舜二郎『竜の星座』中公文庫、一九八〇年)、なるほどそれなら立ち読みでも本の内容をかなり正確に判断できるなと感じ入ったことがあったからである。実際、本書も「はじめに」と「あとがきにも似た一文 いつも書きかけで」および「著者紹介」だけからでも書評は充分できるように思ったのだが、ところが目次を見て拾い読みし始めると、これがたいへん面白い。かわじ氏の語り口も、饒舌体の一種なのだろうか、おしゃべり口調が心地よくなってくる。

例えば25の紅茶・珈琲の序跋では《井上誠の本を探そうと思えばなかなか見つからない。一冊を見つけるために遠くの図書館まで通ったりした》とあるのに驚いた。小生が『喫茶店の時代』を書いていた頃(二十世紀の終り頃)には井上誠の本は均一台の常連だったように思うからである。

66の青山南の本では長田弘が兄だと教えてもらった。この人たちの本は全く持っていないが、これは腑に落ちた。その引用に《この本では、英語の正しい発音法にしたがって、「ブルーズ」とした。だれがはじめたかは知らないが長らくつづいてきた「ブルース」というまちがいを、そろそろ正してもいいころではないか》というのがあって、膝を打った。ブルーズだよね、だよね。

青山南ではもうひとつ「Paul Theroux」の発音についてポール・セルー(阿川弘他訳)が正しく、ポール・セロー(村上春樹訳)は誤りだという指摘の引用も、へへえと思う。著者本人に確かめたそうだ。セルーの父親はフレンチ・カナディアンだから「ou」を「ウ」とフランス語的に発音するのだろうか。ただ一般のアメリカ人がこの名前をどう発音するのか、という別の問題もあるかもしれないが。

107の澁澤龍彦の序跋についてでは『さかしま』原著の序文を翻訳しなかった話に惹き付けられた。『マルジナリア』所収の「大岡昇平さんのこと」からの引用(ということは小生も大昔読んだはずだが、これっぽっちも記憶に残っていなかった)。

《大岡から電話がかかってきてユイスマンスの『さかしま』には序文があり富永太郎がその序文の抜書きをしていたが、あなたの訳には序文がないではないか、とのこと。それは晩年に作者が旧作を回顧した文章なので、小説が発行されたときにはもちろんなかったので「つい無精をきめこんで訳さなかったです。」というと「それじゃダメじゃねぇか。」と大岡が言ったとあった。

富永太郎が『さかしま』を読んでいたというのも目からウロコ。ただ、この序文は一九〇三年という日付がある「小説の二十年後に書かれた序文」という題名で(『さかしま』の発表は一八八四年)、私のように一旦発表した作品は二度と読み返さない作家は云々と始められており、澁澤としては「つい無精をきめこんで」というのではなく実際的な意味でこれを冒頭に置くのは適当ではないと判断したのだろう。先入観のない読者が先ずこの序文を読んでしまうと混乱する恐れが大いにある。もし挿入するとすれば巻末が適当かもしれない。大岡昇平に向かって反駁するわけにもいかなかった……たぶん。

104は「寺島珠雄という御仁」。寺島さんにまで目配りが及ぶとは、これにも驚かされた。しかし考えてみれば冒頭に月の輪書林目録が写真入りで掲載されており(太宰治と三田平凡寺)、内容についての言及もあるのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。これがなかなか充実した書誌になっている。

他にもまだまだ読みどころがいたるところにある。夏中楽しめる、いや、納涼古本まつりまでに読破してしまえば、会場ではもう目があちこち泳いで大変なことになりそうだ。古本トリヴィアの泉と言うべき一冊。

杉並けやき出版
http://www.s-keyaki.com


by sumus2013 | 2014-07-31 21:19 | おすすめ本棚 | Comments(4)
Commented by にとべさん at 2014-08-01 10:41 x
おもしろそうな本ですね!
Commented by arz2bee at 2014-08-01 14:55 x
私も序文は欠かさず読みます。あとがきも対先に読んでしまう口です。
 積ん読も前書きと後書きは読んであり   眉憮
Commented by sumus2013 at 2014-08-01 20:10
にとべさん様 ここから自分なりの広がりが持てるような気がします。
Commented by sumus2013 at 2014-08-01 20:11
arz2bee様 そうですよね、そういう方はけっこう多いと思います。ただこんなにも序文ばかり読む人も珍しいです!
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