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林哲夫の文画な日々2
by sumus2013


X線及ベックレル線

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帰山信順『日用理化学叢書第三編 X線及ベックレル線 新元素ラヂューム』(冨山房、一九〇四年三月一八日)。科学および化学関係の書籍雑誌をまとめて借覧する機会を得たので順次紹介していきたいと思う。まずはこの理化学叢書。帰山信順(かえりやま・しんじゅん)は東京府立第一中学(現日比谷高校)の化学・博物学の教諭(在任明治26〜36年)、当時の代表的博物学者の一人。自序より。

《レントゲンのX線を発見するや、其の奇性学界の呼物となりき。ついでベックレルのウラニューム線発見より、延いてキューリーのラヂューム発見となり。今や学者の視点は此の新元素に集中せり。その性質啻に己知の物質と大に異なるのみならず、吾人の物質観に大変動を来さんとする動機を与ふるに於ては、無線電信とならび、実に近時の一大発見と称するに躊躇せざるなり。》

キュリーがラジウムの存在を発表したのは一八九八年年末だった。しかし一九〇二年に純粋ラジウム塩を取り出すまでの苦労は金銭面も含め並大抵ではなかったようだ。一九〇三年に夫妻でノーベル賞を受賞して以後その名が一般に知られるようになった。この本の出版が一九〇四年だから一般向けとしては最新の内容だったに違いない。池田はキュリー夫人の功績を讃えながら女性の活躍をうながしている。

《理科史上重要なる地位を占むる婦人、千数百年前ヒパチアありしが、今や又一大発見者を加ふ。是れ豈理科思想が決して先天的婦人に乏しきものにあらざるを証するにあらずして何ぞ。深窓閑日月を弄ぶ婦人、何ぞ進んでキューリー夫人を学ばざる。》

ヒパチア(ヒュパティア)はローマ時代のネオプラトニスト。本書の校閲は池田菊苗、「味の素」の生みの親であり、夏目漱石とロンドンで同じ下宿に住んだことでも知られる。

《余が此篇を講ずるにあたり、力の及ばむ限り新雑誌を渉猟せり。然れども余の浅見その事実を誤らんことを恐れ、池田博士の校閲を請へり。博士が速に校閲の労を恵まれ。こゝに之を世に公にするを得るは余が感謝にたえざる所なり。紀元二千五百六十四年一月 素岳学人識》

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口絵「きゅーりー夫婦」、《小川一真製》とあるところに注目したい。小川は明治期の最も著名な写真師である。「製」とはむろん製版を意味するのだろう。

内容はまず写真の原理から説き起こし、光の性質、天然色写真、電気の性質を説明してカトード線レオナルド線カナル線、X線N線、ベックレル線、ラヂュームポロニュームアクチニューム、放射線に関する説の大要、と進む構成になっている。

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帰山信順の府立一中の教え子にはアーネスト・サトウの次男で植物学者の武田久吉や鳥類学者の内田清之助がいる。かつての経団連会長・石坂泰三もそうだったようだ。

《幼時から花を愛し草木を植えることを好んだ私は、東京府尋常中学校(今の日比谷高校の卵)の二年級に入学し、帰山信順先生の熱心な薫陶をうけ、植物の研究に心魂を傾け、爾来この学問の研究に心血をそそいで来た。》
(武田久吉「植物の世界 昭和36年10月」の中の年譜より)

《筆者が初めて此の地を訪ねたのは、明治三十一二年の頃で、其の動機の主なものは、其の頃恰度恩師、故帰山信順(かえりやましんじゅん)先生が、志村の原で桜草の花の構造等を研究されたことであった。》
(武田久吉「科学画報 第1巻 創刊号」に「櫻草のふるさと・プリムローズとその花の色」)
http://park19.wakwak.com/~hotaru1/takedahisayosi.html

《著者の内田清之助が鳥類学者になったのは、府立一中のころ受けた帰山信順(映画監督・教正の父である)に感化されてのことという。内田は、敗戦から5年たった『卵のひみつ』の冒頭で亡き帰山に言及し、読者のなかから「動物学へのきょうみをおぼえ、すすんで科学にこころざす人がでてくださればまことに結構だ」と記した。》(http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/4058/1/2-1.pdf

帰山信順の著書には以下のようなものがある。

青森県地誌 成田泰 1893
無線電信 日用理化叢書第2編 冨山房 1903
空気と呼吸 日用理化叢書第1編 冨山房 1903
X線及ベックレル線 新元素ラヂユーム 日用理化叢書第3編 冨山房 1904
理論計算化学解義 有朋堂 1904 山下安太郎と共著
化学教科書 三省堂 1906 池田菊苗と共著

by sumus2013 | 2014-07-23 21:58 | 古書日録 | Comments(0)
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